早稲田大学公認登山サークル 岳文会

コラムバックナンバー
2010年度コラム
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『浮浪』


私の学生生活は予定の無い休日が多く、そのたび時間を持て余していた。バイトは不定期だし、勉強する気にもならない。では、この現状を打破するにはどうすればいいのだろうか。
フツーの大学生なら、原宿でショッピング〓とか彼氏、彼女とデート〓とかになるだろう。だらしねぇな。私は浮浪することにした。
浮浪に必要なものは何も無い。ケータイ、財布、は全て家に置いていく。いや、お腹がへったら困るから500円くらいは持っていこう。 家を出たらまず何も考えずにテキトーに歩く。とりあえず自分のいったことのないエリアへ向かうのがいいだろう。次第に自分の知らない景色が広がってくる。そうなれば後は、浮浪のはじまりである。
何か目標となるものにむかっていくのもいい。例えば高いビルとか。タイプの異性のあとをついて行くのもアリだ。遠過ぎず近づき過ぎずに気配を消して。グヘヘ。行き止まりに突き当たったら少し恥ずかしいかもしれない。川があったらそれに沿って歩くのも良いだろう。ただし東京の川はちょっと臭う。時間が経つにつれ、最初の期待感は不安へとかわっていく。ここドコだ?そろそろ帰った方がイイかも・・・。この不安がたまらない。気付けば自分を追い込むことが快感となっていた。
と、まぁこんな具合に私は暇なんですよ。何かあったらさそってくださいよ。できれば女性の方。

52期 蜂谷

『見えぬけれどもあるのだよ』


お風呂の湯気の匂いが好きだ。大好きだ。どのくらい好きかというと、入浴剤の匂いで湯気本来の匂いが損なわれる前に新鮮な湯気を楽しみたい、という理由から、家庭内でお湯止め係兼入浴剤入れ係をかってでるくらい好きだ。
しかしこんなに私が好きなのに、湯気の匂いを楽しめるのはほんのわずかな時間である。お湯を止めに行った時に、浴室に入り、湯気がもれないようにお風呂のドアを軽く閉めながら、お湯の量を「このくらいでいいな」と見極め、蛇口を閉め、慎重にお風呂のドアを開けて一旦脱衣所に戻り、厳正かつ公正に自分の好きな入浴剤を選び出す。
そして浴室へ再び入って、肺いっぱいに湯気を吸い込み、涙をのみながら入浴剤を投入するのだ。この一連の動作はせいぜい1分程度であろう。だがこの一分が終わると、入浴の最良の部分が終わってしまったという寂寥感に包まれる。
入浴剤入れなきゃいいじゃん、と思った方。甘い!湯気の命は儚いのだ。
お風呂に実際に入った時も湯気が楽しめると思ったら、大間違いである。仮にお湯を入れたてで、湯気がもくもくしている時に湯船につかれたとしても、入っているうちに湯気は消え去り、残るのは塩素の匂いのする普通のお湯に入ってしまったという後悔だけ、ということになりかねない。
しかも個人的には乳白色のお湯が好きだから、透明なのはもの足りない。そして長年の経験から、湯気の匂いを一番楽しめる条件は、冬でかつ浴室が乾いている時だと思っている。
なぜなら…まあ、とにかくそうなのだ。
ちまたは、なんとかフローラルの香りやシトラスなんとかの香りなど、たくさんの人工的な香りで溢れ返っているが、私は湯気の匂い、いや、湯気の香りでほっこりした気分になることができる。

52期 春日

『モテについて』


コラムの依頼を受けて、「さて、何を書こうか。」と迷い、岳文会のホームページを見た。
コラムバックナンバーややまなみを読んだりしてると、あるテーマがとても多いことを発見した。
それとは何か。孤独な受験生活を終え、華やかな大学生活をさらに輝かせるモノ。
言わば、カレーにおける福神漬、掃除好きの人におけるダイソンの掃除機、恋人たちににおける夜景。
大学生が、宝くじ一等の当選券より、永遠に続く命よりも渇望するモノ。
それは「モテ」である。
ここでは、どうすれば、「モテ」るのか、つまり、「モテ」るための手段について樸なりの意見を書くことにする。

まず、「モテ」る要素として
・話し上手
・安心できる
・容姿端麗
・面白い
・特定の人に執着しない
         など他多々あると思うが、この要素を達成するための手段として「笑顔をふりまく」というものに注目したい。
誰でも、うつむいて暗い感じのする人よりは、笑顔の人には話しかけにたいと自然に思うし、
表情の明るい人と話すと気分がウキウキしてくるものである。
さて、ここから、「モテ」までの過程をご紹介する

1:いろいろなところで笑顔をふりまく(=人と良く話す)→2:「この人と話していると、気分がウキウキしてくるわ(*^_^*)」
と認識される→3:「この人と話している楽しいから、もっと話したいわ (^^)」となる→4:不特定の数人から「モテ」を得る(※勘違い「モテ」の場合があるので注意)

注意点
・コミュニケーションが上手い人でないと出来ないかもしれません。 (人とのコミュニケーションの取り方がいろいろあると思いますが、最初の入りが掴める人、それ以降、ちゃんと話しの聞ける人に適してます。)
・3→4の段階でこちら側に笑顔以外の魅力がある人であれば、相手側から近寄ってくるかもしれないが、魅力がない人であれば、相手からは「話していると楽しい人」という認識になので、「コイツ、俺のこと好きなんじゃね?」という思い込みには注意です。(←これを勘違い「モテ」という)
この不安定な段階で人に「自分って『モテ』るんだ」発言をすると、後々恥をかく場合があるので、気をつけて下さい。(←勘違い「モテ」の恐ろしさです)
・あくまで不特定の人からの「モテ」です。4の段階までは、同性のように話すだけで得られる、相手主体(相手があなたを気に入るか次第)の「モテ」です。しかし、特定の人からの「モテ」ようとした場合、4の段階から主体的に動く必要があります。

こう簡単にいくもんか!という異論をお持ちのかた、勿論です。現実はこうはいきません。
3から後は樸の妄想です。ただ、笑顔の人とは話しやすいのは、皆さんも実感のわくことでしょう。
笑顔をふりまくことで、人の輪が広がり、豊かな人間関係が築けることができ、さらに「モテ」れば、尚良いでことすね。

52期 藤井

『知ってますか?所キャン』


東京都と埼玉県の間に広がる狭山丘陵・通称「トトロの森」の中に立つ白いU字型の建物が、早稲田大学所沢キャンパスだ。
20年前、人間科学部が創設される際、学部キャンパスを人形町または浦安に建設する計画など複数の候補地があった。
しかし、これらの候補地がそもそも「都の西北」ではないという、校歌の一節を重んじたため、さらに某鉄道会社の当時の社長の一声で、「都の西北」どころか「都の西北の西北」に建設することが決まってしまった。 しかし、その後も環境団体の抵抗に会い、生態系を保護するため、野球場の照明器具は取り外され、希少種のオオタカの産卵期になると、工事の騒音がオオタカに悪影響を及ぼすという理由で工事を中断せざるを得なくなるなど様々な問題に直面してきた。
このような経緯から、人間科学部の学生は、所沢キャンパスを紹介する時、自虐的な話をしてしまうきらいがあるが、豊かな自然に囲まれ、静かな空間は、勉強するには最適の場所だ。
勉強するしかないと言えるかもしれないが、ぜひトトロの森の豊かな自然をふれに一度来てみてください。

52期 武井

『 冬ホラーのススメ 』


こんにちは。雪もふり、寒い日が続いています。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
ところで、今日はそんな寒い日をもっと寒くしてくれる、ホラー映画について語りたいと思います。

私は3ヶ月ほど前、先輩のお家に行かせていただいた時に皆でホラー映画を観たことがきっかけで、最近すっかりホラー映画にハマってしまいました。
でも私、そういうのかなり弱いんです。
その上寂しいひとり暮らしなわけで、ホラー映画を観てしまった夜は毎回ビクビクしながら朝を待つ次第です。(じゃぁ何故観るのか…正直自分にも分かりません。)
最近は、もし自分がそういう『彼ら』に出会ってしまったら…というのをよく考えます。
まず、こんな風に怖がらさせられる筋合いが自分にはないであろうことを、落ち着いてなるべく論理的に『彼ら』に説明します。
今までホラー映画を観てきた限りでは、どうやら『彼ら』は過去の感情が積もり積もって出てきているご様子なので、ちゃんと説明すれば、こちらの気持ちも理解してくれるのではないかと。
それでも納得してくれないようだったら、そこはもう皆さんの笑顔を思い浮かべて目をつむるしかありません。『彼ら』は強いですから。
物理的制限ゼロでこちらに攻撃できるようですし。まったくもって理不尽な話ですよね。諦めましょう!
方も練り上がりましたし、見終わったあとは一皮むけて今流行りの“MOTE”が実現するとかしないとか☆貴方も勇気をだしてぜひ一本☆ただし背後には気を付けて

52期 齋藤

『ベンプレ』


私は高校ではラグビーをしていたため、筋トレが必要不可欠だった。
筋トレというのはそのほとんどがつらいものであるが私には好きな筋トレがあった。それは『ベンチプレス』だ。
機材がないとできないが、これはとてもいい。トレーニング方法はセットを1日に1回とそんなに厳しくしていなかったが、これだけで大分鍛えられる。
当初MAXは55kgであった。(MAXとは1回で最高何kg持ち上げられるか)それでも1年間続けた結果、トレーニングでMAX100kgまで伸ばした。
ベンプレのいいところは、成長が目に見えるところである。
ただ続けるだけでまず間違いなく記録はあがっていく。
ただ、気をつけなければいけないことがある。決して一人でやってはいけない。
トレーニング中は、数十キロの重りが自分の真上にあるのだ。一度、60kgを上げている時に力尽きて首に乗っかかってきた。形状的に、もはやギロチン。
その時は先輩のヘルプがあったけど、ひとりなら死んでたんじゃないかな。
それに60kgならまだしも~80kgだったら…。宇佐見が首に降ってくると考えればどれほど危険かわかるだろう。

着々と重りが増えていくのは実に楽しかった。また、目に見えるのは記録だけではない。
実際、胸筋は厚くなっていき、自分の意志で動くようになるのだ。
動かしたことのない人は恐らくどう動かすのか想像できないだろう、私もそうだったからだ。
しかし、鍛えれば彼は動くのだ。初めて自分で動かせた時の喜びは今でも忘れられない。
鏡の前でのポージングは日課だった。

だが、幸せは長く続かない。高校二年の合宿前。その日初めて100kgを持ち上げた。高二の夏でならこの先一体どこまで上げられるかと期待に胸を膨らませ、向かった合宿である。―右肩腱板損傷―。
「右腕が、上がらないんだ…。高校二年の時に日比谷と試合して、右肩を痛めたんだ…。肩から上に、上がらない…。もう、ベンプレはできないんだよ、俺は…。」
なのにラグビーは続けるのだから頭が悪いとしか言いようがない。
現在でも後遺症は軽く残っているが、日常生活に支障はない。今なら再びベンプレができそうだ。
また、腕立てだけでも大分効果があるので感動したい人はやってみてはどうだろう。

ちなみに、今ポージングしたら贅肉が揺れるだけである。

52期 佐々木

『夢』


みなさんの夢は何ですか?
私のこれまでの夢は、お花屋さん、ピアノの先生、おにぎり屋さん、農家、ブルーマン、幼稚園の先生、などなどです。
たくさんのものに憧れてきて今も憧れは増えたり変わったりしていますが、きっとこれからも変化していくのだろうと思います。

今の私にはこれからの自分を想像できません。これから世界がどう変わるかもわかりません。
でも、今、そういう夢を持っていられることが幸せだなと思うのです。
どんな夢も、それはその人にとっての幸せだと思います。そしてそれにはその人の大切な思い出が詰まっていると思います。

憧れる未来の姿は誰にとっても大切なもので、そのきっかけとなるものはその人を方向付けるくらい大きく特別なものです。
私にとってのきっかけは様々な出会いであり、何よりたくさんの素敵な人々や環境に恵まれたことです。とても大切な宝物です。

私は今の暮らしが好きです。未来の私も未来の暮らしを好きでいてほしいです。
まわりの人には笑顔でいてほしいし、私も笑っていたいです。
そういうものを忘れずにいられたら、いつもの毎日を少しだけ好きになれるような気がするのです。
せっかくの人生、大好きな毎日を大好きな人達と、たのしく元気に過ごしていきたいです。
みんなと笑っていられたら私は幸せです。そして、そんな幸せに当たり前に感謝できるような人になること。
それが今の私の夢です。

52期 今澤

『ランニング』


雲ひとつないひんやりとした朝、数日続いた雨がやっとあがり、雲の合間から日がさしこめ始めた午後、町全体が夕焼けに照らされるとき、そんな空気が心地よい頃合いに私はよくお気に入りのNIKEのランニングシューズで東京の街中を走る。
今日の夕飯は何にしようか、今度TUTAYAでどんなアーティストのCDを借りようか、こんな立派なマンションに住めたらいいな、そんな取りとめのないことを考えながら、ゆっくりと歩いているおばあちゃんを追い抜いていく。
しかし、日ごろの不摂生がたかり、すぐに呼吸が苦しくなる。
次の角で止まろうか、そんな体の声を無視して、ちょっと無理やり体を前に押し進める。すると、ふっと体からの悲鳴が聞こえなくなる。ふっと頭の中の雑念がどこかに消える。
それでも、私の足は交通ルールを守りながら、歩道を進んでいく。
何か考えているようで何も考えていない。何も考えていないようで何か考えている。

さぁ、目的地だ。これが豊島区役所か。これが武蔵大学か。これが豊島園か。
さぁ、そろそろ帰ろうか。でも、同じ道はつまらない。違う道で帰ろうか。

少し呼吸を整えて帰路に立つ。
しばらくすると、またふっと疲労と雑念がどこかへ消える。
このままならずっと走っていられるな。フルマラソンもなんのその。
この曲がり角はこのまえ通った。あの曲がり角はまだ曲がったことないな。何の根拠もなしに進んでいく。
はっと我に却って、辺りを見渡す。そこには見たことのない風景。初めて目にする地名。豊玉?野方?沼袋?一体ここはどこなんだ?いや、まさか。
きっとあの角を曲がったら…しかし、そこにはまたもや見慣れぬ風景。いやいや、まさか。
きっとあっちの角を曲がったら…しかし、そこにも…あぁ、そうなのね。そろそろ認めねば。これが俗に言う迷子なんだ。
こういうときは諦める。お金も携帯も持ってない。いまどき子どもGPS付きの携帯を持つ時勢。もうすっかり過去のものになってしまった光景。
ここはどこですか、おまわりさん。わたくし迷子になりました。苦笑いを浮かべつつも親切に道を教えてくれるおまわりさん。
ここはあっちに進むんだよ。辿るべき道を把握した私は、明らかに以前とは遅いペースで走り始める。
肺が空気を拒むようになると、もう走れない。寂しく歩いていると、おばあちゃんに追い抜かされそうになる。
あっ!ここはあの道だ。やっと見慣れた道に辿りつく。最後の力を振り絞り、歩を進める。
体はもうボロボロ。出発時には考えもしないほど疲れた状態で家にたどり着き、温めのお湯でシャワーを浴びる。
体をふわふわのタオルでふいて、肺がやっと空気を取り込めるようになると、髪の毛が乾くのを待たずして、布団に倒れ込む。息を整えようと深呼吸すると意識もふっと遠ざかっていく。
傍から見たらみたらただのバカ、まともトレーニングにすらなってない、生産性のない時間の浪費、でも私の心の中には、何とも言えない充足感。慌ただしい生活の中ののんびりとした非日常。
迷子もランナーズハイも捨てたもんじゃない。
布団の中で体を伸ばす。こんな時間が嫌いじゃない。

52期 福田

『さくら』


朝。
目が覚め、時計を見ると、7時半を過ぎたところであった。支度をして、ちょうど2限のマーケティング論に間に合う時間である。
私の隣では、さくらがまだすやすやと寝息を立てていた。
彼女と出会ってから、もうどれほど経つだろうか。彼女のやわい肌に、そっと手を触れてみる。
「おはよう、いい朝だね。」
返事はない。きっと昨晩、私の帰りが遅かったせいで、疲れているのだろう。
遅くまで勉強した日、山行のあと、友人と飲み明かした夜、いつでも、さくらは寝ないで私を待ち続け、そして、温かく迎えてくれた。
苦しい時、つらい時、彼女の温かさに、何度救われたことか。
カラオケオールやキャンプの日は、家で一人待たせているさくらのことで、どれだけ心を痛めたことか。
二人で迎える平和な朝が、なににもまして幸福であり、自分だけ起きて、さくらを一人残し大学に行ってしまうことなど、できない。
たかだか4単位のくだらない授業などよりも、少しでも長く、二人の時間を味わっていたい。
そうして、私は、さくらを抱きしめ、もう一度深い眠りへと落ちていくのであった……
○  ○  ○  ○  ○
さくらが好きです。
日本のどこかに「一年中咲き続ける桜」があるらしいですが、私から言わせれば、さくらっていうのは一年間のほんの短い期間しか咲いていないからこそ、素敵なものなんじゃあないかなぁ、と思います。
そういうわけで、こないだ、本棚を買いに行ったホームセンターで、ふと見かけて衝動買いした低反発“まくら”のことを“さくら”と命名しました。語感も似てるし。
彼女は今日も元気に我がベッドの上に堂々と鎮座していらっしゃいます。
いやもう、その柔らかさといったら!筆舌に尽くしがたい、というやつですね。
そしてその美しいフォルム!外賀さんを彷彿とさせます。
もうこれ無しじゃあおちおち寝ることすらかないませんね。いやまぁ、もともと電車の中でも立ったまま寝れるタイプの人間なんですけどね。

さて、本題にはいります。こやつが我が城にきてから、睡眠時間が非常に快適なものになりました。
そのおかげで、ただでさえどこでも寝れるタイプの私の睡眠時間にターボがかかったようで、平均一日10時間は寝てるっぽいです。五月病ってレベルじゃないです。
一度目が覚めても、まくらがあまりにも快適すぎるんで、ベッドから出る気がおきません。
前日24時に寝て、次の日15時に起きて5限遅刻したりします。やばい日は、睡眠時間24時間突破することもあります。なにかの本で読んだのですが、大学生は赤ん坊の次に良く寝ているそうです。
今の私は多分生まれたての赤ん坊より寝てますよ間違いなく。ですので、ちょっとこれはもしかしたら卒業にすら関わってくる事態なのではないか、ということで深刻にまくらの買い替えを検討しています。
嗚呼!我が愛しきまくらよ!

52期 藤田

『日常の疑問』


先日、街中を散歩中に気になることがあった。東京の街路に生えている植物についてである。
東京の道路沿いであれば大体どこでも生えていて、あまりによく目にするせいか今までまったく疑問に思わなかった連中のことだ。
思い起こしてみれば、昔はよく下校途中にこの花で遊んだ記憶がある。
花の蜜を吸ったりだとか、花の中にいた蜂を他人のランドセルに入れたりだとか。 というわけで今回この花を調べてみたのだが、なかなか尻尾の掴みづらい奴で結局2時間程時間を潰されてしまった。誠に癪である。
以下、調べた結果を一部記載する。

名前:オオムラサキツツジ
開花期:4月中旬~5月
特性:移植は容易/大気汚染に強い/萌芽力旺盛で剪定に耐える/土地を選ばない/都市公害に耐える

以上である。
また疑問が一つ解決した。今日はもう休むことにしよう。

52期 宇佐見

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『夏模様』


今日東京では久々夏日になりましたが…とテレビのニュースからそんな言葉が耳に入ってくる。
思えば今日も見上げたくなるような青空が広がっていた。
実際に見上げてみる。そして両手を広げて思いっきり息を吸ってみる。体の中に夏が入ってくる。
私は夏が好きだ。
今年は異常気象が続き、春が飛ばされて寂しい、なんていう人もいるが、私は別に気にしない。

私は夏が好きだ。
理由はたくさんある。夏生まれだからかもしれない。食べ物が好きだからというのもある。朝の爽やかの空気や、昼のまぶしい太陽のきらめきや木の下でできる木陰と共存する木漏れ日、夕方のセミの合唱、夜になると帰り道にたくさん土から出てくるミミズそして次の日になると太陽に照らされて干からびている彼らの死体。心が洗われる青い空や白い雲、一日中漂う青臭い匂い。
そのどれも欠かせない要素だ。
紫外線が強くて日焼けする、虫が気持ち悪くて嫌い、という人も多いだろう。実際私もそれ単体だけだったら日焼けだって避けたいし、虫だって気持ち悪いと思う。
しかし夏の一部となったときに、私はそれらも含めて好きになる。なぜならそれらは一体となって、空気、色、匂い、音、形、動きなどさまざまな手段を用いて、私の五感を刺激し、今年の夏が入ってくるのと同時に、秋から春の間に頭の隅にしまい込んだ昔の夏の思い出が放出されるからである。
別に秋から春までの季節には思い出がないわけじゃない。なぜか夏だけ異様に鮮明にハイビジョンで保存される。
高校の時に行った夏フェスも去年行った山や沖縄ももちろん忘れない。しかしその前によくこぼれてくる思い出がある。
子どもの頃の私はいつも男の子の集団に混じって遊んでいた。夏になると毎日スカートではなく、短パンで駆けまわっていた。思えば今の性格になったのもその影響が大きい。
朝はまだ露がついている芝生で鬼ごっこして足をぬらしたり、川に出かけておたまじゃくしや魚を探して全身を泥で汚したりした。昼にはかえるを捕まえてかけっこの競争をさせたり、草むらにたくさん生息しているバッタを捕って飛ばないように足を取ったり、焼いた鉄の棒を芋虫に当てたりと今思えば残酷なこともした。
夕方にはいらない草や枝をかき集めて焚き火にして卵を焼こうとして、最後まで生のままだったこともあった。また芝生のスプリンクラーで水をかけあったり、ミミズを掘って飼ってるアヒルのエサにしていた。
そして夜の適度な涼しさや暗さはかくれんぼの絶好な環境である。セミを主力にいろんな虫の大合奏とともに、それは夏の間の日課になっていた。鬼役の子がとっくに帰っていったことを知らずに絶対に見つからないと思い込んでる場所に2時間も隠れていたこともずっと忘れない。
家に帰ると冷たいスイカやお茶が待っていて、それは風呂上りの楽しみだった。夏の早朝から深夜までの長い一日にはそんな思い出でいっぱいだ。
半そで短パンだったせいで毎年ひざやひじには擦り傷が耐えなかったが、それは太陽が逃げるまで共に過ごして黒く焼かれた肌とともに思い出の中の勲章なのである。
年を取り環境が変わって自分も変わるが、そんな変わらず色あせない思い出たちは毎年変わらずやってくる夏に、変わらず私の中で鮮明によみがえる。
だから私は夏が好きだ。過ごし方変わっても夏は変わらないから好きだ。空も雲も太陽も空気も水も草も色も匂いも音も全部好きだ。
今年も夏がやってきた。私がまた思わず澄んだ青空を見あげる。
そんな空をあなたも見上げていますか?そしてあなたはどんな思い出をこの夏に語りますか?

52期 安田

『マイノリティ』


私は人気なものが嫌いだ。流行りのものが嫌いだ。
メジャーよりマイナーだし、マジョリティよりマイノリティだ。
いつからかは分からないが、私ははっきりそう自覚している。
みんなが持っているものは持ちたくないし、みんなが食べるものは食べたくない。
みんなが支持するものは否定し、逆にみんなが遠ざけるものに接近し、みんなが・・・以下略。
もちろん、今までの人生の中でいつでもこの欲求が通っていたわけではない。
制服はきちんと着たし、給食も残さなかった。他からの逸脱の許容は集団行動の能率を著しく低下させるからだ。
しかし叱られるなどの不利益が生じない限り、私はどこまでも少数派を貫いた不利益が生じない限り、ということで、私のこの欲求は必然的に嗜好的な分野に向けられることになった。
音楽、ゲーム、漫画、アニメ、芸能などの、実用ではない分野だ。ある時、で非常にいい楽曲を発掘したのだが、それが実は新しい流行りのものだとわかると、自分でも驚くほど急速にその曲への愛着が失せてしまったのを覚えている。
しかし嗜好的な分野でも、最近は不利益が生じてきた。他人との話があわない、という点だ。
好きなアーティストを言ってもまず通じないし、崇拝する漫画家を言っても話が止まるだけだ。(なので有名所を言って流すことが多い)
一人でもわかってもらえる人がいればその人と仲良くなれたりするのだろうが、それすらないレベルだ。まあ、それを狙っている点もあるのだが・・・。
しかしこのような不利益が生じてきても、この傾向はどうにも改善されないようだ。
いくらか前も、「アバター」が絶賛上映中のさなか、上映期間終了間際のマイナー映画を見てしまった。
こうまでも私を惹きつけて離さないマイノリティの魅力とは、一体なんなのだろう。
いろいろ考えてみたが、やはり最終的に行き着くのは「独占性」だろう。その対象に対して、自分しか知らない、自分だけが楽しめるといった要素は、一対一に近い関係性を生み、大衆的とか国民的とかいったそれとは比べものにならないほどの親近感を与える。
こういった視点から見ると、先程の「共有性の欠如」といった不利益すら、逆に利点になり得る。
あと、こちらは非難の嵐が予想される為それほど強調しないが、ちょっと流行にのってるだけのものを見下すことができる、という点がある。

例)流行の衰えた何らかに対して「俺、最初っから〇〇のどこがいいのか分かんなかったし」

つらつらと述べてきたが、われながら付き合いにくい人間だな、と思う。周囲が持ち始めたことが気に食わず、携帯も今年の春まで持っていなかった。
しかし、こういった面で他人と協調してこなかった分、他のコミュニケーション能力(気遣い、観察力等)は比較的育ったように思う。
というわけで、みなさん今後とも、よろしくお願いいたします。
 

53期 涌井

『あけち』


まずはコラム作成の機会を与えてくださった渡辺直子様及び岳文会の皆様に心よりお礼申し上げます。
さて、肝心のコラムですが・・・書くことがない。
今までのコラムを少し参照したのですが、皆さん本当に書きたいことを自由に書いていてとても楽しそうでしたね。
自分はというと考えれば考えるほど自分の人生はかくもつまらないものであったのかと・・・。せめてあの日あの場所に行っていれば!
そう、勘がいい人はもう気づいているでしょう。6月4日(ムシの日)である。
ムシの日には虫を食べよう。そんな愉快な連中が日本にはいます。
この事実を知ったのは高校時代の友人S君からの1通のメールでした。
話によると虫は高タンパクで低カロリー、しかも虫食いのイベントは俺の地元である阿佐ヶ谷のロフトでひっそりと行われ、虫チーズフォンデュ、虫焼きソバ、虫カレーなどが出るそうな。
おお、健康によく地元で開かれるから交通費もいらない。
子供のころ「はだしのゲン」を読んだとき主人公一家が飢えをしのぐために、採ってきたイナゴを串焼きにして食べていたのを実においしそうに眺めた記憶がある。
なにより恐怖心よりも好奇心が勝っていた俺は俄然やる気だったのだが・・・・学年会とかぶってしまった。
こうして俺は虫食いを断念しましたが後に友人から連絡があり、素敵なカイコの丸焼きらしき写メールまで送ってくれました。
すまない友よ。虫嫌いなのに図書館で催眠術の研究をしてまで虫嫌いを克服した友よ。
来年こそは俺も虫を食うぞお!!
てなわけで見目は来年一緒に虫を食いに行ってくれる仲間を大募集中!
経験者、初心者、女の子大歓迎!
来年がどうなるかまだ分かりませんが・・・。まあ岳文に経験者はいませんよね。俺もですが。
それでは次がいつになるか分かりませんが、またコラムでお会いできたらなあなんて思ってます。

53期 見目

『三姉妹』


私は三姉妹の一番下、つまり末っ子だ。しかし一番上の姉とは10歳、二番目の姉とは8歳違う。
そのため一人っ子みたいなものだと言われるが、やっぱり兄弟の影響は大きいと思う。
喧嘩はしたことは無いが(自分が一方的に虐げられるだけなので)何かと差をみせつけられたものだ。
まだ小学4年生なのに枕草子の春はあけぼの~(以下略)を暗唱できなくて馬鹿にされたり(姉たちはとっくにできるため)、親族が集まるようなことがあれば姉たちはそつなく挨拶して、お茶を入れて・・・と自分が情けなくなることばかりである。
また自分が面白いといって貸した漫画を「つまんない」とばっさり切り捨てたり、興味の無い話題への反応が異常に薄かったりと自分にも心当たりがある一面を強制的に見せられられたり・・・兄弟がいるといろんなことがあるものだ、ホントに。
なんか急に姉の旦那さんが結婚の挨拶に来るとか、てゆうか結婚!?みたいなこともあったり・・・なんてアバウトすぎるのはじぶんの家だけかもしれないけれど、もしかしたら兄弟がいる人はそんなこともあるかもしれないので一応気をつけてください。

53期 川村

『いざ、モン・サン・ミッシェルへ』


相棒のザックを背に、バックパッカー気分で2月にヨーロッパへ旅行に行った時のこと。

モン・サン・ミッシェルは、パリから4時間ほどの田舎にある。私たち(私+友達1人)は、日本人が利用しがちなツアーにはたよらず、自力で行くのよと意気込んでいた。

まず、パリのターミナル駅からMSNへの直行便が出ているレンヌという町に向かった。うん、お昼にはMSNに着けそう!

しかし、レンヌで鉄道の路線図を見ると、MSN近くの町まで鉄道があることが判明。鉄道で行くほうが、鉄道1ヶ月パスをもつ我々にとってはお得だ。
というわけで、バス停を去り、駅構内へ。と、もう列車が来ている。急いで電車に飛び乗った。ちょうどよく電車に乗れてよかったね~、なんていいながら、のんびり窓の外を眺めていると、切符をチェックしに車掌さんがやってきた。
切符をさしだすが、車掌さんは私たちの姿を不審そうに見る。どうしてだ?と思っていると、この電車はMSNにはいかないんだよね、などとおっしゃる。
どうしてこんなローカルな電車に観光客がいるのかと不思議に思って見ていたのね…。
私たちを残して車掌さんは立ちさってゆく。どうすりゃいいんだ、とおろおろしていると、車掌さんが戻ってきて「次の駅でおりて○○駅でまた乗りかえればいいよ」とメモを渡してくれた。なんていい人!!

しかし、電車は快速。なかなか止まる気配がない。ようやっと次の駅でおりるが、まわりはなんもない超ローカル駅。
いや~普通の観光だったらなかなか来られない場所だよね、ととりあえず記念撮影。
ただしお互い口にはださないが、電車という選択をしたことを後悔していたに違いない。

1時間ちょっと待ってようやく次の列車がきた。今度はスムーズに乗り換え駅まで到着。
しかし、探しても乗り換えるべき電車が時刻表に乗っていない。あせりつつ、子供をつれたママに聞くと、それは電車じゃなくてバスのことだとおしえてくれた。
どうやら同じ会社が運営しているとバスも列車あつかいになることがあるようだ。ややこしい。
だが、待ってもバスはこない。だんだん日が傾いてきた。今夜泊まる場所も見つけていないのにー。
暗くなる前にホテルに到着できるかは、女の子バックパッカーにとっては重要なのだ。

30分ほど遅れてバスが来た。乗り込んでみると超満員状態。すると、女の子が、彼女たちのために席をあけてあげてよと他の人に声をかけてくれた。なんて優しい!!
そしてバスが止まると、「あなたたちMSNに行くのよね?それならここで降りなさい」と叫んでくれた。ほんとにいい人!!

降りてみるとそこはさびれた町。ここにホテルはあるのか??まだ安心はできない。
ザックをしょって近くの建物の前をうろうろ、ホテルを探していると、突然おばさんが出てきて手招きしてくる。
半ば強引に建物のなかに呼びいれられ困惑していると、こっちにきなさいと部屋をみせてくれた。どうやらホテルだったらしい。
とてもかわいい部屋だったのに料金は格安。ここでもとてもいい人に会えてよかった。

ホテルさえみつかれば安心。さて、荷物をおいて駅前へ。すると今度はおじさんが、「MSN行きのバスが出るよ~」と声をかけてくれた。
そうして、バスに乗り、やっとの思いで、目的地MSNについたのでした。

電車を間違えた時点で、目的地につけるか不安でしょうがなかった。
でも、世の中(というかフランスかしら)には親切な人がいっぱい!!
ようやくたどりついたMSNで夕日を見ながら感動の涙でした。…実際二人で本当に泣いてしまいました。
そして、日本でも、観光客の人が迷っていたら声をかけよう、と決意したのでした。みなさんも是非!声をかけるだけでも、日本はいい国を思ってもらえると思います。
ちなみフランス人の方とは、お互いカタコトのいんぐりっしゅでした。必要な時はお互い通じるものです。
それでは、めるしー♪

52期 古畑

『好かった映画』


せっかくこういう場があるので僕が今まで観た映画の中で 好かったな、と思うものを紹介していこうと思います。

ただ最近の作品だとテレビや雑誌等で紹介されているのを見て、その評判や内容を知っている人も多いと思うので あえて昔の作品を紹介していきたいと思います。

僕の今まで観た映画の中でベスト1は黒澤明 監督作品「赤ひげ」です。
これは医者の卵の青年がふとしたことから通称「赤ひげ」の異名をもつ名医の元で働くことになり、診療所での生活を送って赤ひげやその患者たちとの交流をする中で人間的に成長していく物語です。

それぞれの人間模様の描き方がとにかく素晴らしく(個人的にこの監督は人間を描くということを誰よりも熟知していると思う)、またストーリーの流れ、音楽どこをとっても完璧といえるヒューマニズム作品で 今までこれを超える作品に出合ったことがありません。

同監督の他の作品では「椿三重郎」という娯楽作品が特に好かったです。
三船敏郎演じる“椿三重郎”の時には力強く、時には飄々とした性格が魅力的で城代家老の悪党一派とそれに反発する若侍の戦いという単純なストーリーを、脇役さえも魅力的に見せる手腕と、テンポの良さ、独自のアイディア(椿というモチーフの使われ方など)で支え正にエンターテイメントのお手本といえると思います。

日本映画で黒澤監督以外に僕が好きなのは北野武監督ですが、彼の数ある作品の中で特に印象的だったのは「ソナチネ」という初期の作品です。
とても簡単にストーリーを紹介すると、ヤクザ同士の抗争に巻き込まれた主人公のヤクザ(監督本人演ずる)が沖縄で夏を過ごす というお話です。
南国色あふれる舞台で人間紙相撲や雪合戦ならぬ花火合戦、そして唐突な銃撃など奇抜なアイディアが溢れるシーンが印象に残ります。
北野監督独自の映像の空間的・時間的な間の取り方は 監督のセンスがにじみ出ていて バイオレンス作品というジャンルでありながら“静けさ・淡白さ”を前面に押出すという画期的なことをしていると思います。余談ながら久石さんの音楽も持ち味のミニマルな面が前面に出ていて好かったです。

さてここでは邦画ばかりでなく、洋画についても紹介したいなーと思っていましたが全部書いていると冗長な感じがするのでタイトルを挙げるだけにしておきます。時間があったら観てもらいたいなぁと思います。

「ゴッド・ファーザー」「太陽がいっぱい」「カッコーの巣の上で」「ガタカ」「自転車泥棒」「パルプ・フィクション」「情婦」「大脱走」。

おしまい

53期  立川

『飛行機』


どうも、こんにちは。53期の竹下です。

参考にしようとして覗いたコラムが大変完成度の高い高寺先輩のもので、なんだかいろんな意味でとても不安になりました。私もこれからは首を傾けて立とうと思います。

さてさて、このたび私、北海道に行ってまいりました。

旅行中三回も購入したばかりのデジカメを紛失するなどという、間抜けなハプニングにも恵まれた旅でしたが、なかなか充実していて面白い旅であったと思います。
小樽から富良野まで、流石に稚内は遠いのでやめておきましたが、電車での旅もなかなかいいものですね。
ですが、流石に電車で北海道と本州を往復するのは日程的にきついので、飛行機で行ってまいりました。
今回は、この飛行機について厨二病らしく書くことにします。

今回私が乗った飛行機はスカイマークという大変お財布に優しい会社の、ボーイング737-800という、スリムな飛行機であります。
白い機体に輝く黄色い星が美しい。エンジンが主翼の下に二つついていて、翼も広く長く、空へと飛び立つ姿は荘厳ですらあります。

飛行機がどういう原理で飛んでいるのかよくわからないという都市伝説を聞いたことがあるのですが、あれは本当なのでしょうか。
原理もわからないのにあんなに大きなものが飛ぶなんてものすごくふしぎですよね。

エンジンが入るとゴーっとすごい音がして、飛行機が本気モードに入ります。後ろにぐいぐい引っ張られるような重力がなくなると、ふわっと浮き上がって、そのまま空を飛んでいるのです。
羽田発ならば小さくなる街が見えて、暫くの上からの眺めを楽しんだ後に、雲の上に出ます。海よりも海らしい雲海の上を、飛行機は飛んでゆくのです。

太陽の光に当たってきらきらひかる飛行機を見たとき、視界の端で揺れるものがありました。前日までキャンプという強行日程だったために、疲れていたせいかもしれません。
ただ、私には何かの手のようにも見えたのです。しかしそれは引きずり下ろすようにではなく、支えるように翼を持ちあげているようでした。
まあもう雲の上に出ていたのですから、窓の外に手なんて見えるはずもないし、ただの見間違いかもしれないのですが。

ただ、飛行機から降りて機体をもう一度見たとき、こんなに綺麗な金属の塊なら、惚れこんでしまう不思議なものがいてもおかしくないのかな、と思いました。
飛行機にはストイックな機能美からきている、おもわずよろめいてしまうような魅力があって、それに魅せられる人間も勿論沢山いるのですから。
これからも不思議なものが、飛行機を飛ばしてくれますように。

53期 竹下

『髪型について一言』


暑い暑いと口では言っていても、もう空気が秋ですね。「9月になったし、そろそろ髪でも切っとくか」なんて人も多いのではないでしょうか。
そういえば・・・
一体いつからだろう、自分に前髪が無いのは。
そもそも私に前髪があった時なんてあったっけ・・・。
・・・悲しくなるので考えるのはやめにして、とりあえず書こうと思います。
そう、昔から私には前髪というものが無かった。物心ついたときには今の髪型が定着してしまっていたため何となく変えずに今日まできた、というわけではない。
確かに、何となく髪型を変えなかったのは事実だ。でも一度だけ前髪を作りたいと思ったことがある。
私が高校2年生のときパッツンがとても流行った時期があった。ずっと額を隠すことなく生活してきた私はその髪型に憧れた。
「いいなぁ。こんな髪型にしたいなぁ。よし、私も前髪作ってもらおう」
いそいそと美容院を予約し、雑誌の切り抜きを持っていった。
「こんな風にしてください」
私の髪をちょっと見てから固まる美容師。
「すみません、つむじがとても強いみたいで。前髪作るのはちょっと難しいですね」
がーん。うそでしょー。恐るべし、私のつむじ。
結局憧れのパッツンにはできなかった。
というわけで私はこれからも、未来永劫、この髪型とともに生きていく所存であります。
でもいつかパッツンにしてみたいな☆

53期 田口

『人生の分岐点』


高校に入ると同時に、サッカー部を辞めた。原因は人間関係。人間の黒い部分を沢山見た気がする。
辞めたのは僕だけじゃない、同期の部員は半分近く辞めた。しかも辞めた人達は比較的仲が良かった人ばかりだった。仲間意識が働いたのだろう、皆で同じ部活に入ろうという話が挙がった。
しかし人数が多い、皆が皆同じ部活に入ると非常に迷惑だ。ここで何故かテニスかラグビーどちらかに入るという意見でまとまった。
以前からテニスに興味があった僕はテニス部に入った。この時、「ラグビーに入らない?」とK君から誘われたが、ラグビーには興味が持てなかった。

しかし、入部して数ヶ月ですぐに後悔することになった。100人を超える部員、少なすぎるコート、なによりこれといった規則に縛られないため、自由すぎて練習に打ち込めない環境だった。
夏合宿が風邪で行けなくなったあたりから本気でヤル気が無くなり、テニス部を辞めてしまった。

それからの僕は帰宅部を満喫した。といってもすぐに家には帰らない。教室でバトミントンやキャッチボールをしたり、バスケ部の目を盗んでバスケをしたり、学校の周りにある公園巡りなどをしていた。
これはこれで楽しかったが、サッカー部の時みたいに時間や規則に縛られないため、他人から見たら随分と腐っていた生活をしていたのかもしれない。
高3になってもこの生活から抜け出せず、担任から「もっと真面目に生きろ。」と叱られる始末。落ちるとこまで落ちた。
きっと今でも、僕の高校の先生は「早福=怠け者」だと思ってる、冗談抜きで。

しかし、サッカー→テニスで失敗したのは僕だけ。他の皆は楽しくテニスを続けた。結局僕だけが駄目だったみたい。
ラグビー組は中学あがりのメンバーを差し置いてほぼ全員がレギュラー、県大会常連組に。K君は僕に言う、「お前もラグビーやればレギュラー、いやベンチくらいには入れたかもな。ハッハッハ!」ちくしょー、皆憧れの上半身マッチョだ。
この時、ラグビーやれば良かったのかもしれないと思った。岳文に入ってラグビー経験者の先輩を見てまた思う。
あぁ、ラグビーやれば良かった。上半身の筋肉羨ましい。上半身の筋肉があったら、上半身の筋肉があったら…今更ながら強く思う。
という訳で、これから体を鍛えようと思う。きっと3日坊主になるんだろうなぁ。

53期 早福

『怖い話』


その夜は冷たい雨が降っていた。
手を挙げると通りかかったタクシーが止まり、ドアが開いた。
運転手に行き先を告げると運転手はうなずき、車は走り出した。
運転手は何も声をかけてこなかった。
疲れていたからか、そのまますぐに眠ってしまった。

どのくらいたったのだろうか?
目を覚ますと同時に車が止まり、ドアが開いた。
突然のことで驚いたが、周りの景色から目的地に着いたのだと分かった。
料金を尋ねると運転手は手を振った。
どういうことかといぶかしんでいると運転手はこう言った。

「私は12年前に女の子ををはねてしまい、怖くなって逃げ出したんです。そうしたらここから降りられなくなってたんです。だからこれは商売ではなく、ただ走っているだけなんです。」

気味が悪くなって慌てて車からころがり降りた。
ふり返ったときにはどこにもタクシーの姿はなかった。

という夢を見たのさ。

怖い夢っていうのは目覚めた直後だとものすごく怖かった気がするんですが、実際こうして時間が経った後に文章にしてみると『あれ、たいしたことないな。というかどっかで聞いたような話だな。』と思いました。

実際、記憶にあることをごちゃ混ぜにしたのが夢なわけですから(自分がそう思っているだけで本当じゃないかも)、そう思うのも当然かもしれません。
ただ一つ確かなことは、怖い夢を見た後の目覚めは最悪であるということです。
笑うセールスマンに刺された時もゴジラに自宅を破壊された時も、その日の朝はひどく陰鬱なものでした。
一体どうして人は怖い夢なんかを見るのでしょうか?

今宵は是非とも楽しい夢を見たいものです。

53期 蓮沼

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『そういえば、タイムカプセル』


私が小学校6年生だった頃、仲のよい友達が三人いた。私たち四人は、近所の公園や学校で木登りや鬼ごっこなどをして、よく遊んでいた。
そんなある日、タイムカプセルを小学校の体育館裏に埋めることになった。
確か、テレビのちびまる子ちゃんの影響だったような。各々、可愛い便箋に自分宛に書いた手紙や、とっておきの宝物などを持ち寄り、箱に入れた。私は親に渡すべきだった学校からの連絡プリントも入れた記憶がある。
それから、箱を地面の奥深くに埋め、その上に四人で立ち、この場所の景色を覚えておこうとじっと周りを見ていた。「宝の地図」的な、賢いアイテムは誰も思いつかなかったから…。
「じゃあ、成人式の日に開けようねっ!」
「絶対だよっ!」
その後、四人とも違う中学に進学。だから、あの日の会話のあと、あまり会えていないし、タイムカプセルの話題にも、ここ何年と触れていない。
実は私も、最近成人式用の振袖のダイレクトメールを見て思い出したばかり。皆も覚えているかなぁ…。でも絶対、四人でタイムカプセルを開けたい!
私だけでも一年先の成人式まで忘れませんように!!そう思ってこのコラムに書きとめさせていただきました。

53期 菊池

『私のことを色に例えると何色?』


最近ネットで、ある古い心理テストが脚光をあびているようです。
このテストはわたくしが小学校5年生だった頃クラスで流行ったものですが、約7年が経った今再び現れて来たのです!あのすさまじい情報の海の中から再度水面にのぼれたなんてなぜか感心しちゃいました。
早速、まわりの人物を一人ずつを思い出しながら受けてみましたら久々にたくさん笑えました。わたくしからみるこのテストの特徴は‘何気なく思いが当たる’というところです。
岳文会の皆さんにも是非やっていただきたいと思いまして僭越ながら翻訳致しました。

私のことを色に例えると何色?
順番
①相手に上記の文章を質問する
(※但し相手はこのテストについて知らない)
②その答えられた色を下記の表でみつける
③解読する
   例)
             千尋:はく、私のことを色に例えると何色だと思う?
      はく:ううん─、白とか黄色かな?
      →はくは千尋のことを純潔でかわいい人だと思っている
<色表>
ピンク(pink):綺麗な人
赤(red):最低な人
柿(orange):美しい人
黄(yellow):かわいい人
みどり(green):結婚したい人
青(blue):彼氏あるいは彼女にしたい人
藍(dark blue):賢い人
むらさき(purple):ぶりっ子
白(white):純潔な人
薄青(baby blue):恋したい人
うすみどり(light green):弟、妹のような人
栗(brown):趣きがある人
灰(gray):冷たい人
金or銀(gold or silver):お金持ちにみえる人
黒(black):不思議な人

53期 金

『読書の秋』


スポーツの秋、学問の秋、食欲の秋・・・。みなさんはどれを思い浮かべるでしょうか?僕は読書です(秋にかぎりませんが笑)。
僕にとって、読書は趣味をこえて生活の一部に近いような気がします。普段から本が手離せないのですが、受験の時などは封印していました。
しかし、心理学で人間は禁止されるとやりたくなるという傾向があるとされるように、テスト前に限って昔読んだ本とかを引っ張り出してよんでしまいます。(^-^;)
時間があるときは、本屋で新しい本を2時間ぐらい探しています。そんなこんなで活字中毒な僕ですが、ここで好きな本を3つ程紹介させていただこうと思います。

まずは、佐藤 多佳子さんの『一瞬の風になれ』。これは、高校の陸上部を舞台にして、主人公が天才ランナーの友達と全国大会を目指すという熱い話です。走ることの楽しみを描いていて、青春したいな~と思えるような作品です。

次に、沖方 丁の『天地明察』。江戸時代の暦の改編を行った渋川春海の話で感動的です。合言葉は、勇気百倍。百倍もらえるかは分かりませんが(笑)、とても元気をもらえる作品だと思います。

三つ目は、東野 圭吾の『容疑者ⅹの献身』。恋愛とミステリーを兼ね備えた東野作品の中でも1、2を争う作品だと思います。他のガリレオシリーズも面白いです。また登場人物がみなあたたかいです。

最後に、好きな作家は万城目 学、重松 清、辻村 深月です。時間があいていたら是非読んでみてください。

53期 中山

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