早稲田大学公認登山サークル 岳文会

コラムバックナンバー
2007年度コラム
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『私の友人Mについて』


私のことを書いてもおもしろくともなんともないので僕の友人「マサミくん」について書こうと思う。
マサミくんは昔は私のことが嫌いだったそうだ。
そんな彼は今では私に夢中になってしまった。私がからむととても嬉しそうな笑顔で「やめろ!死ね!」と言う。
その場合、「俺が死んだら泣くくせに。」と私は返す。するとマサミくんはとても哀しそうな顔をし「くぁー、イガラシ殴りてーわ。」と吐き捨てる。
きっとマサミくんは 「俺は冗談で言ったのだ。俺にお前が死んだことを想像させるな。バカ野郎。本当に辛いじゃないか。」 という意味で言ったのであろう。
私は私のことを真に心配してくれる友人を持てた事に感謝する。

とまあ、おふざけはここまでにして私はマサミくんのことを本当に大切に思いまた、信用している。なぜなら今まで長い時間を共有し互いに理解してきたからである。

MASAMI,you love me…

48期 五十嵐

『好きな画家の話』


エドガー・ドガはバレエダンサーやオペラ歌手を好んで描いた印象派の画家です。
巧みなデッサンと優れた画面構成により多くの作品を残しました。印象派の画家を集めて当時行われていた印象派展(そのまんまですね)にも全8回中7回参加しています。
薄暗い背景の中で、それ自体が発光しているような真っ白なチュチュを着たダンサーたちが踊る、その一瞬の姿を鋭く正確に捉えた絵からは心地よい緊張感が伝わってくると思います。
以前彼の絵は写真に似ているなと思っていたのですが、調べてみたら写真技術に影響を受けているらしいです。なるほど。

そんなドガですが晩年に病にかかり、だんだん目が見えなくなってしまいます。その頃の作品も残っていますが、そこにはもはや若い頃のすがすがしく鮮やかな色使いや、凛々とした筆致は見当たりません。
油絵具を使うことをやめ、代わりにパステルを使って製作を続けますが、そこにあるのはぼやけた淡い色で、かろうじて輪郭を拾ったかのような、表情すら読み取れない女性やダンサーの姿です。
この作品と対峙すると彼が感じただろう、もはや自分が昔のようではない事に対する苦悩が伝わってきて、辛いです。老い、というものをまざまざと見せつけられた気持ちになります。
制作意欲はあるものの目が対象を正確に捕らえることができない。さらに彼は描くことを仕事とした画家なのです。どれだけ苦しんだことでしょう。
それでも彼はなんとか描き続け、目が見えなくなったのちも踊り子や馬などの小さなブロンズ像の制作を行い、その生涯を美の追求に捧げます。
こういうような自身の生きた経緯も(意図的にではないですが)込められている、ドガの作品の人間味のあるところが好きです。

49期 中島

『1限』


今僕は週に3回1限の授業がある。ところで1限の授業をとるとろくな事がない。
まず、朝起きれない。これは日頃からそうなのだが1限のときは特に布団が僕のことを離してくれないのである。いくら布団が僕のことを好きだからって勘弁してほしい。モテるのはつらい。
次に襲い掛かる恐怖は、朝の満員電車である。1限時の電車は戦場である。乗客にはマナーの欠片もない。
先日も僕が立っていた前の座席が空いたので座ろうとすると、隣りに立っていたオバサンが、座ろうとして体勢が悪くなった僕のことをタックルで突き飛ばして座席を横取りした。本当に理不尽な話しである。
最後に、無事1限に15分程遅刻して到着して授業を聴いていても、どういうわけか途中で知らぬまに意識を失ってしまうことが多々ある。
教室の移動がないときには、さっきまで1限の統計学の授業を受けていたのにもかかわらず、気が付くと2限の日本経済論入門の授業が展開されていることも少なくない。
こんなときにラッキーと感じてしまう自分はおそらく人生負け組である。
僕は誓った。来年は絶対に1限の授業をとらないということを。自動登録で語学などが1限に攻め込んでこないことを願うばかりである。

49期 大島

『ワセメシ』


岳文会とは全くもって無関係ですが、私は握り寿司が大好きで、寿司ネタでは、 とりわけウニ、トロ、エンガワに目がありません。
お寿司を食べる順番にもこだわりがあります。白身など、淡白な味のものを先に食べたり、マグロや魚卵(イ クラや数の子)、貝類など同じようなネタを続けて食べることのないよう計算しながらいつも食べます。我ながら気持ち悪いですね。
先日、あまりにも暇だったので、部室にいる人達で「回転寿司占い」というもの をやりました。
好きな寿司ネタを5つ選んで、そこから性格が診断されます。同じネタをいくつでも選んでいいし、選ぶ順番も診断に影響するという画期的な 占いです。
それに、全部マグロを選んだとしてもマグロ人間にはならないという面白さ☆一度やってみることをお勧めします。
ついこの前、久しぶりに某回転寿司チェーン店に家族で行きました。ランチタイムは1皿90円!安いと思って調子に乗って食べて、更に250円の味噌汁を飲むと、いとも簡単に1000円を越えてしまうんですよね。
日頃、500円前後で昼食を済ませる 貧乏学生にとっては、かなりの贅沢品です。早稲田のお食事処、いわゆるワセメシが、いかに安さと量を兼ね備えているか…!
ワセメシクオリティーの寿司屋があれば、常連客になるのになぁと思う今日この頃でした。

49期 菊池

『俺が訊きたいくらいだ―真説モテ論―』


「先輩はサークルをやめようと思ったことはないんですか?」
よく訊かれる質問だ。今でもよく訊かれる。そしてこの時期はよく訊かれる。
「先輩は悩みとか無いんですか?」
「自分を犠牲にしないといけないんですか?」
「他にやりたいことがあってそれを優先してはいけないんですか?」
「人に話を聞いてもらえないんですけど?」
「全然面白い話ができないんですけど・・・どうすればいいんですか?」
「仲間にこんなこと言われたんですけど、自分は駄目なんですか?」
「どうすれば泥酔できるんですか?」
「どうすればモテるんですか?」
「どうして先輩はモテないんですか?」

俺はこういう質問をされると、ついついカッコつけて“よいこと”を言おうとしてしまう。オレもそうだった。
だが、カッコつけて“よいこと”を言っても後輩はキョトンとしてる事が多かった。(ようはモテなかった)
俺は先輩になった頃「(後輩に)上手い具合に話してみる」とか「(後輩に)伝えたいことを話の流れで上手い具合に持っていく」ことに苦心していることが多かった。 (ようはモテようとした)
先輩になると自分の一言で後輩を変えていけるような錯覚に陥る。“よいこと”を言えばそれだけでサークルがよくなる気がしていた。(もちろん自分の何気ない言葉でも嫌な思いをする人もいるし、何かしらの影響を与えてしまうだろうから責任を持たないといけないが)
ある時、同期の女性に「あんた、自分がどれだけカッコいいと思ってるの?」と言われた。結構この言葉は堪えた。(俺の魅力が分からない女性がいるとは!?)
それからはカッコつけて“よいこと”を上手い具合に言うことは諦めた。どうせ自分はカッコよくなんかないんだから、無様でも不恰好でもいいから相手とちゃんと話し合おうとした。
“ちゃんと”って言うのは相手と噛み合っているって事だ。
だから自分の言いたいことを言いっ放しにするんじゃなくて、相手の言ってる事を“ちゃんと”理解しないといけないし、自分の言ってる事が正確に伝わっているかどうか確認しないと、それこそ自分の思いを吼えてるだけになってしまう。(これは結構イタイ、きっとモテない)

ただこれは口で言うほど簡単なことではなくて、自分のことが全く分かってもらえていない事が分かったり、自分では頑張っていたつもりでも認められていられなかったり、ようは相手から言われたくないことを言われたり、聞きたくないような本音がきこえてきたりして、正直言うと結構しんどい。(MOTEとは血と汗と涙の結晶だ)
ただこう言うときこそ、自分の見栄を捨てて“ちゃんと”話し合うことが必要だと思う。
自分を守るために真面目になる事から逃げるのは簡単だけど、そこは「傷付くのを恐れる気持ちを押し殺して、せっかく話をしてくれる気になった相手の気持ちを大切にしよう」と自分に言い聞かせてみたりもする。(自分の身を可愛がってるようじゃMOTEは遠いぞ)
“自分を犠牲にする”って言葉はよく聞かれるけど、それは自分の都合を押し殺して「お金」や「時間」をサークルの為に使うってことよりも、自分が傷つく事を恐れずに人と向き合える事だと思う。
 そしてこれを実践すれば“MOTE”へと到るはず。
“MOTE”への道は険しい。

自分を大切にしながら、相手を大切にして、岳文会も大切にして、“MOTE”る事。
これはきっと両立できるはずなんだけど、かなり難しいが、やりがいはある。

これは俺がやろうとして実際できなかったことだ。

だからこれが今年の目標。
MOTEとは決して目立つことでない。面白ければMOTEる訳でもない。
かくも険しき道なのだ。

47期 矢部

『独り言』


先日書店でカレンダーを見ていた時、見過ごすわけにはゆかない言葉が目にとまった。
「人生なんて山登りと同じで、道さえ間違わなければ案外簡単に頂上に着けるものなんです。」
新手の格言か?何だかよく分からんが、どうもこの言葉はひっかかる。
人生を山登りに例えているのは、まぁ今更とやかく言うまい。
実際山登りを通して、生き方の基礎のようなものが見えてくるときはある。問題は他にある。「道さえ間違わなければ案外簡単に」とはまた、随分と単純に言ってのけたものだ。
私は山も人生もドがつくほどの素人だが、さすがにこの言葉には物申したく思う。

まず、道が最初からあるというわけではない。道は、誰かが切り開いたものだ。
人生においても、必ずしも進むべき道が示されていることはなく、自分が道を切り開く「誰か」にならなければならないときもあるだろう。
「道を間違わない」ということ自体も結構難しい。地図にあるはずの道が見つからないということだってある。道を見極める力が必要だ。
そして道を見極める力を持っていたとしても、ただ歩いていればそれでよいというものでもない。
注意を怠れば時に道を踏み外すし、十分な体力がなければ目指すところまでたどり着けない。先を急ぎすぎて休む事を忘れるのも良くないが、かといってのんびりでは日が暮れる。

事前の備えも万全でなくてはならない。何が自分に必要なのか良く考え最小限にまとめる。
そしてそれらを背負いその重みに耐えながら道を行かねばならない。また情報収集をまめに行う必要もあるし、その場の状況に即して適切な判断を下す力も必要だ。
そして、仲間と共に道を行くときは尚更、道を行くことは単純ではない。
主導者に頼りきってしまいがちであるが、一人が気を抜けばその分の負担が他の者にかかる。構成員一人一人がきちんと状況を把握する必要があるし、些細な事でも報告・相談するなど情報伝達はスムーズでなくてはならない。
また、先頭を行く者は、その人が如何に優れていて進む道が正しかろうとも、度々後を振り返り後に続く者達の様子を確認しそれを加味して進む事をしなければ、他の者は付いてゆこうにも付いてゆけなくなるし、最後尾を行くものは、全体の様子をきちんと見ていなければならない。
さらには、一人で行くにしろ集団でゆくにしろ、自分の行く道は自分だけの物ではないし、その行程は多くの人に支えられているということも肝に銘じておかなくてはならない。感謝の気持ちを忘れたら罰があたる。
ついでに言ってしまえば、頂上にたどり着いてそれで終りではない。山登りにおいては無事に下山するということが大きな目的であるように、目的地にたどり着いてからの事も考えておかなくてはならない。
こんなにも、山登りとかそれを通して見えてくることって複雑だ。「案外簡単に」なんて結う気持ちで臨んだら痛い目を見るというものだ。
…こんな事ばっかり考えているから、「頭が固い」とか言われてしまうのかもしれない。

48期 軽部

『独学』


僕は理解力がありません。 おそらく、これは僕の幼少期に原因があると思います。
僕の両親は教師です。 そういうわけで、幼い頃、算数の筆算とかを家で教えてもらうことができました。
けど、ヤンチャな僕に勉強を教えるなんて、もともとが無理な話なんです。
当時の僕は、外で秘密基地作りをすることに生き甲斐を感じる少年でした。
ある日、僕はどうしても分からない問題にぶつかり、泣き出しました。両親も教えることを諦めました。
グズれば勉強しなくて済む!! 僕は野生の本能で理解しました!!
それ以来、「なんで?」とか、わかんね」とか言って、親の困る顔を見るのが楽しくなってしまいました(どうしようもないっすよね…)
それ以来、誰も僕に勉強を教えることは不可能になりました。 僕に残された道は、一つ。 自分で活字から理解することだけでした。
案外、このとんでもない性質は役にたって、(殊に大学では最高に役立ちました)僕の僕らしさを育ててくれたと思います。
「畢竟、独学に勝るものはなし」 僕の大好きな言葉です。

49期 依田

『コラム』


今回はぼくが関西出身なので関西弁についてかこうと思います。というか関東弁と比べる感じです。
まず、自分がよく使う例をあげてみますとそれは「ありがとう」と言う言葉です。
文字にしてしまえば関西弁でも関東弁でも同じ「ありがとう」なのですが、アクセントが決定的に違います。
関東弁は前にアクセントがつくのに対して関西弁は後ろにアクセントがつきます。
さらに関西弁は「ありがとー」と言う感じに近く、関東弁ほど「う」が発音されません。
この「ありがとう」のように文字のアクセントだけなら単純なのですが、文字のアクセントに加えて、それが文になったときに文字に文としてのアクセントがつくとさらに複雑になります。
関西弁のアクセントは慌ただしく上下に波打つようだと聞いたことがあります。関西弁を話せない人が関西弁を話してもだいたいすぐわかります。
関西弁を話すには数年の修行がいるとかいらないとか。でもその逆もしかり。関西弁しか話したことがない人がいくら関東弁を話そうとしても無理です。
「君、関西出身だね?」といわれ「どうしてわかるんですか?」というと「その『どうしてわかるんですか』という言葉のアクセントでわかる」と言われてしまいました。
こういう体験ができるのはとても楽しいことで東京にきてよかったと思えるひとつです。
それともうひとつ東京にきて気付いたのは関西弁とひとくくりであっても、神戸弁にしても大阪弁にしても奈良弁にしてもすべて微妙に違うということです。
これは関東でもどこでも言えることでしょうがひとつ県がかわれば言葉はけっこう変わるものだということです。
これを感じれるのも東京だからと言った感じです。
あ。最後に、関西弁とは関係ないですが関東の人はダジャレに反応しなさすぎです。
反応がないのが一番つらいです。勝手ですが「さむっ」でもいいので反応お願いします。それだけでも勝手にうれしがりますので。

49期 有田

『コラム』


センター試験が終わり、まさに受験シーズンの真っ只中だ。一般入試を目前にした受験生は、ここが正念場だろう。去年、受験生だった自分を思い出す。
 のんびり過ごしている今から見れば、あれだけ何かに集中していた時間というのは、やはり貴重で充実したものだったのだと思える。…当時は本当にいっぱいいっぱいで、それどころではなかったけれど。
 去年の私は、目標達成のために、我ながらがんばっていたと思う。そしてその後岳文会で出会った仲間たちも、みんなそれぞれのやり方でがんばってきて、その結果今ここに集まっているのだと思う。
高校や大学の受験勉強をがんばった人、部活動や委員会で活躍した人、学校の授業を大切にして積み重ねてきた人、課外活動に積極的に参加した人、学校や地域のイベントを運営し盛り上げてきた人、一番がんばった時期もその内容も様々だろう。
 そんなふうにばらばらの人生を送ってきた人たちが、いろいろな努力を経て、今は同じサークルで時間と活動を共有している。
 大学生になって、人数の面でも個性の面でも本当に多くの人に会い、行動範囲も交流相手も、生活していく世界も広くなった。
そして今、私たちの後輩になるかもしれない人たちが、またそれぞれのやり方で努力し行動している。今年は、これまでどんなことをやってきた、どんな個性を持った仲間ができるのか。そしてその人たちと一緒にこれからは何をやっていこうか、今からとても楽しみだ。

49期 田口

『追加徴収』


僕は岳文会に入って初めての新歓が幹部学年のときだった。僕は「自分にとって は初めての新歓でも新入生からみたられっきとした幹部学年だ」と思って先輩と飲んだり同期と飲んだりして自分を磨いた。まぁやり方はいろいろあると思うが。
とはいっても僕の同期と47期がしっかりしていたので、結果的に僕の出番はあまりなかった気がするが、一人一人が新歓にむけてサークルについてもう一度考 えてみる必要はあると思ったし、今がその時期なんだと思う。
わかってると思うけど、サークルをやめるとかやめない悩むんじゃなくて、サークルを続けるモードに頭を切り替えてから、これから自分はどう行動していくか を考えるのがベストだ!!
ところで後輩の皆、特に来年度初めて新歓を経験する皆は、新入生にこのサーク ルをどう説明するのだろうか?サークルのことを何も知らない人にサークルの良さを伝えるのは大変なことだ。
最初は当たり障りのない会話だろうけど、6月7月とかに入って新入生に「先輩たちはこういうけど、それは何でなんですか?」質問されたとき、それがどんな質問でも答えられるだろうか?
もちろん正解なんてないこともあるし、困っていたら先輩は助けてくれるだろう。
けれど後輩に質問されて「わからない」という答えほど頼りないものはない。新入生にもその程度のサークルなんだと思われてしまうかもしれない。
皆がやらなきゃいけないのはがむしゃらに人数を増やすことじゃなくて岳文会を守ること。
例え新入生であってもダメなことはダメと伝えなくちゃならない。でも自分自身がそのことを理解していなかったら後輩を止めることもできない。
そうならないためにも今のうちに周りの同期、先輩と話してサークルのことをもっと知ってほしいと思う。

先輩たちがいろいろうるさくいう理由
庄○のビールがマズイ理由(これは僕もわからん)
ダンカンさんのドMさ
Y部さんのすごさ(いろんな意味で)
K野さんの終わっていた一年時代
I塚さんのおもしろさ

なんとなく分かったつもりでもまだまだ知らなかったことはたくさんあるはず。
もっと自分のいる環境を、仲間を知って、もっともっと岳文会を好きになりませんか? そして、自分のサークルに自信を持って新歓に臨めたらいいなぁ、と思う。

では最後に・・・ 「イケダ、いいかげんに12月の追加徴収払うか、連絡入れるかしてあげて… 企画者泣いてるから…」
これが更新されたのが払った後だったらごめんね☆
P.S. 自分で書いててよく分からなくなってきた。三輪、早く次のに更新してください。

46期 井上

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『大学時代にしなければならないこと』


時間が経つのは早いもので、今年の三月にはもう卒業だ。友達の誰かが言っていたけれど、人生の折り返し地点は、人間の時間を感じる軸で計ると19歳らしい。確かに、大学に入学してから今までの時間は、瞬きをする間のようであった。
  大学時代は、中高時代と違って、決められた時間割もないし、部活もない。自分の自由な時間が多く持てる。また、社会人となって働き出したら、自由な時間をこれほど多く持つことは難しい。
   つまり大学時代は、小学校に入学してから仕事を定年するまでの間で、一番自分の思ったように時間が使える貴重な時期なのだ。 その貴重な時間に何をするべきだろうか、と思って大学一年生の頃、「大学時代にしなければならないこと」という本を立ち読みした。その時は、なるほどと思って、軽く流して読んでいた。四年生の卒業を間近に控えた今、もう一度読み直してみた。
  「食わず嫌いリストを作り、消していく。」
  「ノーギャラのアルバイトをする。」
  「行方不明になれる場所を持つ。」
  うーん、一理あるかもしれないけれど、すべてが納得出来る内容ではなかった。おそらく、著者自身が経験した大学時代を元に書かれた本であるからだろう。
   だが、一つだけ共感できる内容があった。それは、
   「大学時代にしたことは一生ムダにならない。」 ということである。大学時代の過ごし方は、自由に時間が使えるだけに十人十色である。サークルに打ち込む人もいれば、アルバイトに打ち込む人も居る。かと思えば、放浪の旅に出る人もいる。その何一つ、大学時代に経験したことは無駄にはならず、自分自身の糧となっているのだ。
   詰まる所、大学時代は自分が興味を持ったことに果敢に挑戦したり、何かに没頭したりして、振り返って自分自身が良い大学生活だったと思えるのであったら、それで良いのだと思う。
   自分自身の大学生活を振り返ると、多少手を広げすぎてしまった感はあるけど、色々なことに挑戦できたし、満足のいく大学生活だったと思う。  今から、大学卒業まで一ヶ月半だ。残りの学生としての貴重な時間、たくさんの素敵な思い出を作り、締めくくりたい☆

46期 三橋

『卒業旅行』


先日、4年生+ゆりちゃんで2泊3日の熱川旅行に行ってきました。その様子をざっと振り返ってみたいと思います!
1日目。 1時に新宿駅に集合。矢部とがんちゃんがお見送りに来てくれましたありがとー☆電車を乗り継いでホテルに到着したのが3時過ぎ。ホテルの外は視界いっぱいの海!オーシャンビュー♪温泉でまったりした後は、伊勢海老とあわびがメインの豪華絢爛なお食事でもう見てるだけでお腹いっぱい幸せいっぱいでした♪
ご馳走さまの後は朝まで飲み。泥酔者もいたようですが、私も酔っ払って詳しくは覚えてないです。朝方気づいたら○内と大喧嘩してました…ありえん。ゆりちゃんと同じく、私も竹○が嫌いです。

2日目。水平線からのご来光をみんなで拝みました。このあたりから石塚さんの動きが常軌を逸したものになっていました笑。今回の旅行でも数々の伝説を残した石塚さん。一体あなたはどこまでスゴイの!?
朝食の後はドキドキの卒業判定。無事にみんな卒業が確定して一安心。よかったね、こっしー♪
この後海釣りの予定だったのですが、あいにく波が高くて断念。かわりに三橋リーダーの案内で、ちょっと遠くのゴルフ場まで行きましたが、やっぱり道に迷いすごく時間がかかりました笑。
初めてのゴルフの打ちっぱなしは思ったより難しかったです。初心者のマサキが遠くまで飛ばしてて、ちょっとカッコよかった!?ちなみにこの日1日、何故かイケタクさんは不在でした笑。
ホテルに帰ってお食事の後は、やっぱり朝まで飲み。前日からの睡眠不足でさすがに疲労もピークです。

3日目。お世話になったホテルを10時にチェックアウトした後は、有名な河津桜を拝んで帰りました。河津桜独特の濃いピンクが綺麗で印象的だった他は、眠すぎてあまり覚えてませんごめんなさい。

そんなこんなで、笑いあり涙ありの、私達の卒業旅行でした。思い出の1つ1つが、とってもうちらの代らしかったと思います。ありがとう。より詳しいエピソードが聞きたければ、誰かに聞いて下さいね。

46期 伊藤

『卒業』


こないだ「卒業」という名のカクテルを飲んだ。ウォッカを桃のジュースで割ったピンク色のきれいなカクテルで、桃の香りが際立つほのかに 甘い味。「卒業」って甘いイメージなのかな、と疑問に思いながら飲んでたけど、おそらくこの「卒業」の名は、ダスティン・ホフマンの映画 『卒業』から。
ラストの結婚式で花嫁を奪って逃げるというシーンがよく知られてる、 映画『卒業』。話的には、大学を卒業した主人公が、将来が見えずにジタバタして突然現れた幼馴染みに希望を見いだすみたいな、大して面白い映画でもない。
でも、まぁ卒業した後に対する漠然とした不安というのは、分からないでもないかも。特に大学卒業というやつを間近に控える身としては。
社会に出るということを考えると、今まで経験してきた、中学や高校のそれとは少し意味が違う。正直この先読めないし、幾ばくかの不安がある というのも事実で。
まぁ、『卒業』の彼みたいに「何か」を見つけられ たらいいなぁという期待もまた漠然としてあり、ありきたりだけど期待と不安が入り交じる心境の今日この頃です。
こういう、グチ的なものを 書く場ではなかったですね・・・ごめんなさい。
それにしても卒業決まって良かった…。

※4月から広島にいるんで、そっち方面お越しの際にはぜひ声かけてください。お待ちしてます。

46期 清水

『無限の可能性』


世間でも時折言われているように思うが、一人の人間には、無限の可能性がある。
例えば、ある人(with alcohol)の場合を考えてみよう。
彼は、朝起きたら一切合切の記憶がないかもしれないし、その時目を覚ました場所が、家から2時間も離れた駅かもしれない。帰り道、見知らぬ人が地面に落ちていると思ったら、実はそれが自分の知り合いで、その人を介護しなければならないかもしれない。
それから、お気に入りの眼鏡をなくしたのに気付いたが、電話をかければ眼鏡が鳴ると勘違いして、携帯電話をかけ続けようとするかもしれない(どこに?)。
色々と考えられるがどんな突飛な事態であれ、起こる「可能性」はあるといえる。
このように、客観的にみれば人には無限の可能性が内包されている。

人の生命の価値とは、このような無限の可能性にあるのではないだろうか。
御託なんぞ並べずに、生命は尊厳あるものだと感覚的に分かってさえいればいいのだという人がいるかもしれない。確かにその通りではある。
ただ、私は、生命は、そこに無限の可能性が内包されているからこそ価値があるのではないかと思うのである。
生きることは、瞬間を積み重ねることで、積み重ねられる瞬間瞬間には、それぞれ無限の可能性が存在する。
つまり生命とは無限の可能性の、無数の連鎖である。だからこそ生命には、口では表現できないほどの絶対の価値があるのではないか。
1歳の赤ん坊の生命であろうと、99歳で余命1年の老人の生命であろうと、そこには無限の可能性があり、「無限」と「無限」に序列をつけることなど出来ないのだ。

非常にしつこく言わせてもらうが、人間には無限の可能性がある。
実際、自分が今まで歩んできた道のりは、決して事前に予想しえたものではなかった。
自分が岳文会のようなサークルに入るとは到底思っていなかったし、これほど多くの出来事を大学生活で体験するとは夢にも思わなかった。それに、自分がこれほど多くの仲間にめぐり合えるとも思っていなかった。
大学に入学した当初の自分から、今現在の自分を見れば、良い面でも悪い面でも、そこにはきっと数え切れない変化があるだろうと思う。
もうすぐ自分は大学を卒業し、新たな道に進む。しかし、その先に待ち受けているものもまた、無限の可能性である。どうなるか分からないし、どうなってもおかしくはない。それを思うと、心が薄ら寒くなるところもある。
しかし一方では、自分にとって素晴らしい未来というのも、無限の可能性の中には含まれているわけだから、なんとかそういう未来を目指して頑張りたいと思うのである。

46期 石塚

『出会い』


春は、出会いの季節である。僕がこのサークルに出会ったのも、もちろんこの季節だ。
その出会いの偶然性がどうとかはここでは言うつもりはない。僕が言いたいのは、その出会いを大切にしてきたからこそ、今の自分がある、ということだ。

1つ例を挙げると、僕は大学入学前にはHARD ROCKと言う分野に全く興味がなかった。カラオケにもほとんど行かなかった。
ところが、岳文会に入り、SAKAEという狂人に出会ってしまったために、今まで聴きもしなかったHARD ROCKによく耳を傾けるようになり、カラオケにもよく参加するようになったのである。これは紛れもない事実だ。

挙げた例があまりよろしくないかもしれなかったが、とにかく様々な出会いがあり、互いに影響しあって、現在に至っている。良くも悪くも、変化して。
ただ、その変化は意味の無いことではない、とはっきり言える。
その変化の結果が、現在の自分なのであり、変化を与えた人との出会いの証だといえるからだ。(知ったかぶった感じで書いてすいません)

僕のコラムが載るころは、新歓の真っ最中であろう。正直なところ、新歓に関しては不安な部分が沢山あるし、うまくやれているかどうか自身がない。
けど、どんな新入生が入ってくるのか、どんな出会いがあるのか、非常に楽しみである。

49期 小林

『変化』


ここ最近、自分が変わったなと思うことがあります。例をあげてみるとすれば…私の好物は“ぶりのあら煮”だということ。
なぜ“ぶり”なのかと思われるかもしれませんが、私は、ぶりのあら煮がおかずにある、それだけでうきうきした気分に浸れます。特に、母の作ったものは最高においしいです。
少し語ってしまいましたが、ぶりのあら煮を好んで食べるようになったのもここ最近。昔は、むしろ魚より肉派で、魚のおいしさが正直わかりませんでした。
考えてみると、私の好物の変化は他にもあります。昔は嫌いだったカレー。今では私の好物です。
逆に、昔アレルギーだったにも関わらず好きで好きでたまらなかった卵が、今は卵アレルギーが完治したのに、それほど好きではなくなっています。
しかし、私のちょっとした変化は好物だけではありません。例えば、自分の着たい服なども、大学に入ってから好みが今までとガラリと変わったなと思います。
自分のことばかり挙げて退屈な文章になってしまいましたが…みなさんも、自分が昔と変わったなと感じることが多々あるのではないでしょうか。
私がこんな事を考えるようになったのも大学生活だからこそ。中学・高校時代は、日々過ごしていくので精一杯だったのかなと思います(それはそれでよかったのですが…)。
一日一日を一生懸命過ごしていると気づかないものも、ある時ふと振り返ってみると、面白い自分の成長を感じることができます。
そういう、自分を振り返って考えをめぐらせる時間が今ある。“そんな時間”大切にしていきたいです。

49期 石原

『今読んでいる小説』


いつかはTOPページのコラムを書く日が来るのだろうから、何か考えておこうと思っていましたが、何も考えられないまま順番が回ってきたので今読んでいる小説についてでも書いてみようと思います。
僕が今読んでいる小説は陳舜臣の『小説十八史略』というものです。内容は簡単にいうと中国の歴史です。本当に簡単だなぁ。今回はその中で最も印象に残っているエピソードを紹介したいと思います。
時は春秋戦国時代の末期、秦が中国統一まであと一歩という時代。趙の国の太子である丹は個人的な恨みから秦王政(後の始皇帝)に復讐しようとしていました。
しかし、秦と趙の国力の差は大きくまともに戦っても勝ち目はありません。そこで丹は政の暗殺を計画します。
丹はその役目を田光という人物に依頼するのですが、田光は高齢を理由に辞退し代わりに自分が食客として養っていた荊軻を推薦します。荊軻はこれを引き受けて政の暗殺に赴きます。
はたして暗殺は失敗に終わるのですが、僕が驚き感動したのは数年間食べさせてもらっただけで、成功しても失敗しても殺されることがわかっている任務を引き受けた荊軻の心です。
僕はこの一年間、岳文会の同期や先輩方にたくさんお世話になりました。荊軻のような熱い心をもって、僕も岳文会になんらかのかたちでお返しができたらなぁと思います。

P.S
田光は丹に依頼を受けた帰り際に、丹に「国の大事だから口外しないでください。」と頼まれます。
田光は荊軻に暗殺を託した後、「暗殺のことをもらすような人物だと思われたのは残念だ。荊軻よ、太子に伝えてくれ。田光は死んだ。暗殺のことはもれる恐れがない」と言って自殺します。
こんな熱い漢たちがたくさん登場する『小説十八史略』、みなさんも読んでみては?

49期 須藤

『後悔だけはするな』


この言葉は46期の村上先輩に卒業式の日に言われた言葉です。自分が4年になって卒業する時に、サークルのことでも、勉強のことでも、またそれ以外のことでも後悔だけは絶対するなと言われました。
大学一年を振り返ると後悔の連続だったと思います。あんなことをしなければみんなに迷惑かけずに済んだとか、あんなことを言わなければ人を傷つけずに済んだと思うことが多数あります。
過去の自分の経験も踏まえて、これから大学4年間を後悔しないために何ができるのか、ふと考えました。
大学生活は社会に出るまでに残された最後の「モラトリアム」です。
サークルを頑張る人、勉強を頑張る人、バイトを頑張る人と、モラトリアムの使い方はそれぞれ人によって違います。
自分はサークルも頑張りたいけど、勉強も絶対に怠りたくないと思っています。また、海外旅行にいっぱい行ってみたいし、将来のことも考えてインターンをしたいと思っています。
やりたいことは山ほどありますが、モラトリアムにも限界があります。その中であきらめなければならないことも出てきます。その選択がいい方向に行くか、悪い方向に行くかは、まだわかりません。それを決めるのは自分自身です。
この限られたモラトリアムの中で自分にできることを一生懸命やることが、卒業する時に大学4年間を後悔しないことだと今は思います。
大学4年間の過ごし方が自分の一生を左右するといっても過言ではありません。そこで出会った仲間、そこで経験したことが、将来自分の財産になります。
3年後、自分の大学生活4年間を胸張って卒業したいです!

49期 金澤

『理想』


毎週木曜2限「アメリカ文学史」。
1次登録で8単位も選外、焦って急遽2次登録で押し込んだ数合わせの授業。
…バット、、いろんなことに対して無知なわたしにとっては、なかなか面白い授業だったようです。
今日はアメリカ独立宣言の起草者トマス・ジェファーソンについての講義。
彼の有名な言葉に、「all men are created equal ; they are endowed by their Creator with certain inalienable rights ; that among these are life, liberty, and the pursuit of happiness」(すべての人々は平等に創られている。彼らは神によって奪うことのできない権利を与えられているのだ。それは生命、自由、そして幸福の追求の権利である。)というものがあります。
このように人類みな平等を唱え、宗教的にも学問的にも自由解放の開拓者である彼が、現在もなお『アメリカ最大のスフィンクス(謎)』と呼ばれているのには、彼が黒人奴隷を大量に使用していたことに理由があります。
実際、彼はバージニア大学建設時も、黒人奴隷を多く使っていたし、何人もの黒人女性に自分の子どもを生ませています。彼は、もちろん、自分の目指す理想的な国家と現実の矛盾に気づいています。そして、その中で震えおののいていました。
ロシアの大作家トルストイ、彼もまた、農奴解放運動に力を尽くした人物でありながら、実際たくさんの農奴を抱える大地主でもありました。彼も自分の理想と現実の矛盾の中でもがき苦しみ続けます。そして80歳を超えてから家出をし、浮浪者のようなかたちで最期を迎えます。
わたしもしばしば理想と現実のあいだで苦しむことがあります。
たとえば…、、わたしは自然や農作業、そして村の人たちの暖かさが大好きですが、お嫁には行けません。都心の便利な生活が捨てられないからです。
たとえば…、、学生だから授業にでるのは当然なのでしょう、だけど春の天気の良い日には日の当たらない教室にいたくないのも事実なのです。 etcetc…
人間誰しも、理想と現実の狭間で苦しんでいるはずです。それが許せなくて理想に出来るだけ近づこうと考えるのは当然のことだと思います。
だけどその為に自分が楽しめなくなるのは果たして良いことなのでしょうか。一番良いのは、理想の姿と自分が心から楽しいと思えるときの姿が一致していることだと思うのです。誰かのことを真に考えるというのは、自分のことを真に考えるということと実は同じことなのでは。
と思う今日この頃。

なんだか堅苦しくなってしまいました。
今日もよい天気です。隣で我が家のネコが伸びきって寝ています。こいつには理想があるのでしょうか。
ぜひ一度聞いてみたいです。

49期 宮川

『憧れ』


とうとうコラムを依頼されてしまい期限も迫ってきて、何を書こうかなぁ…と焦ったとき、人にあまり話したことのない自分の憧れについて書こうと思いました。それは藤原伊織という作家です。
彼との出会いは唐突なものでした。地元の本屋で適当に暇つぶしに小説を探していて振り返ったとき目に入った『テロリストのパラソル』というタイトル。そんな目立つわけでもなく、一冊しかないのにすごく気になってしまい、気づけば手にとっていました。
そこから彼の本はすべて読みました。彼の小説は基本的にハードボイルド・ミステリーです。どの話でも主人公は自分の生活などどうでもいい、という考えで生活しています。しかし、最終的には友人のために命を懸けて戦うというかっこいいものです。
こう文字にしてしまうと「よくあるパターンか。」と思われるかもしれませんが、あなたは仲間のために命を懸けることができますか?私はそうなりたいと思っています。さすがに自分の生活を捨てるわけにはいきませんが(笑)
彼はデビューが遅くもう60歳ほどです。しかも食道がんにかかり2005年から数えて5年間の生存率が20パーセントしかありません。そんなかれだからこそ命の大切さを伝えることが出来るのでしょうか。

49期 上田

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『あだな』


俺は特にこれといった趣味やキャラがあったわけではないが、何故か昔からあだ 名がよくついた。しかも本名とは全く関係のないあだ名が。
小学校の頃、あだ名 は「しんじ」だった。由来はよくわからない。たぶん谷村新司から来ていると思われる。ふつうにある名前なので、いろんなところでよく間違えられた。
ある時 、担任の先生に本名で呼ばれたときにクラスの女子に、「えー、しんじって有田 しんじって名前じゃなかったの!?」と言われた。軽くショックだった。恐らく、仲良かったやつらでも俺の名前を間違って認識している人は多かっただろう。
中学に入り、心機一転と思っていたら一週間とかからずあだ名がついた。その名は 「ターザン」。こちらも由来は不詳。今度は広まり過ぎて、担任まであだ名で呼び出した。
ある時、出席をとりながら担任がこう言った。「有田って誰だ?あ、 ターザンのことか。」生徒の名前を忘れるなんて、教師としての職務怠慢である。
けど、あだ名があったおかげでネタになりいろんな人に話しかけられたりしたので、人見知りな俺にとっては友達をつくるのに便利だった。あだ名って素晴らしい。
そして中高一貫なので、あだ名は高校にも受け継がれてしまった。高一の 時、進路を決める大事な三者面談で担任は親の前で俺のことをあだ名で呼んだ。
親が笑いだし、恥ずかしくて面談どころではなかった。だから俺は進路を間違えたのかもしれない…
そして大学に入り、現状に至る。今まで、あだ名と本名の呼ばれ方の割合は半々ぐらいだったのに、今はほぼ100%。どうやら俺のあだ名はどんどん進化しているようだ。
ちなみに他にもいろいろとあだ名があったが、過去の忌まわしきあだ名が未来に引き継がれることはあまり好きではない。昔の友達にたまに会うと、昔のあだなで呼ばれてちょっとなつかしい気持ちになったりもするが、それを 他人に聞かれるとけっこう恥ずかしい。
だから小学校の時のあだ名を知ってる中高の友達はいないし、大学の人にもほとんど漏らしていない。このコラムも勇気を出して書いたものなので、読んだ人は決して他言しないで欲しい。

49期 有田

『ちりも積もれば山となる』


私は山で極力自然の害になるようなことは避けています。動物が食べ物と勘違いし窒息死してしまったり、熊や猿といった『害獣』が下山してくる原因にもなるし、また汚水を川に流すことにより生態系に影響が出てしまうことがあるからです。
ごみ1つにしても『誰かが拾ってくれるだろう。』『微生物が分解してくれるだろう。』そんな甘い考えで、目の前にあるごみを山行中放置した結果、山から罰下っても文句は言えません。
たとえ自分がそれに巻き込まれなくても、そこを通った別人が足を滑らせて滑落・・・という可能性だって否定はできませんよね?大げさですが、小さくても与える影響は大きくなるということを伝えたいです。

環境問題緩和のためになにかしたって、目に見えてすぐ結果が見えるわけではないし、今まで人間が出した二酸化炭素が0になるわけでもない。温暖化の驚異的なスピードを落とすだけという、人間の無力さを半ば証明するようなもの。

それでも自分が出来る範囲で実行すれば、事態は微々たるものでも変わると信じて取り組んでいます。
『どうせ無理だって。一人でやっても何も変わらないじゃん。』って思う方もいるでしょう。でも私はその理由をかざして、その問題から視線を逸らしたくはない。
特に山は人間だけのものじゃないし、昔から神が住んでいると言われている神聖な場所なので更なる配慮が求められると思います。(個人的に登らせていただいている。という意識は忘れてはならないと思う。)

自己中な理由ですが少しでも長く雄大な山頂からの景色、底が見える透き通った水が見たいので自分は出来る範囲で環境対策をしつづけたい。
特に私は体力ないんで、山行中へばって帰りたくなっても、日本にいるとは思えない山頂からの景色で帳消しになる単細胞娘ですので頑張っちゃいます。

ひとり、ひとり環境に配慮することで、それがチリが積もって山となる。ということで

纏まってませんがこれで終わりにしたいと思います。
乱文失礼しました。

49期 稲石

『ドリームキャッチャー』


普段の破綻した生活ぶりとは裏腹に実はとてもセンシティヴな神経を持っている僕は、よく金縛りに遭います。自分の部屋で1人で寝てるとほぼ2回に1回は遭います。人の家やテントetcでは何故か遭いません。増築した部屋なので、何かあるのでしょうか?
それはいいとして、怖い夢なんかもかなりの頻度で見ます。このままだと病んでしまいそうなので、先日旅好きの祖母からドリームキャッチャーを譲り受けました。悪い夢を捕まえて朝の陽射しで消してくれるっていうアレです。
本場グランドキャニオンで、ナバホ族が丹精こめて手作りしたものらしいです。やたら大型です。…実は僕はインディアン的な物と言うか、民族的な土産物が大好きで、今も窓辺にはトーテムポールが鎮座ましましています。
ドリームキャッチャーが吊るしてある向こう側の壁には、何の脈絡も無くロックバンドのポスターが数枚。
中でも一番気に入っているのは、スティーブン・タイラーが思いっきり絶叫している瞬間を捉えた1枚。無茶苦茶格好いいです。たぶん永遠に、彼は僕にとってヒーローです。本当憧れます…!
自分達の土地や家族を守るため文明と戦って、銃弾に倒れても絶対に屈する事のなかったナバホの戦士達。
守るような物なんて何一つ持っていなかったけど、良識ある大人達や無知な評論家達と戦って戦い続けて、とうとう宇宙最強のロック・スターになって、まだそれでも上を目指して転がり続けるスティーブン・タイラー。立場こそ違えど、彼らは徹底的に生きた、もしくは生きています。
辛かろうと多少面白くなかろうと地獄だろうと別にそれで結構!むしろ僕はそういう状況の中で、自分が徹底的になれてるって気づいた瞬間こそが一番楽しいです。変な人間ですね。バリMともいいますね。もう榮くんはMでいいです。

最後まで、レイドバックとは無縁な人生を送りたいものです。

49期 榮

『工業数学』


機械工学科には、工業数学と言う授業があります。
スクリーンに投影された先生の小さな、お世辞にも綺麗とはいえない字をただひたすら書き写すと言う授業です。
300人の学生が一心不乱にノートをとる光景は圧巻です。そのノートを提出するだけで単位がくると言うミラクルな授業なのです。
ただ、内容を完璧に把握している人はいるのでしょうか。気になるところです。
授業に出ないで後日誰かのノートを写してもらえばいいという人もいるようですが、量が半端でないです。なので僕はまじめに毎回出席です。ただ、出席していればノートがとれるというわけではないのですが・・・
早慶戦の翌日とかは。誰かにノートを写させてもらう必要があるようです。

健康には気をつけたいです。

49期 廣野

『私の好きなこと』


実を言うと、私は旅をすることが大好きだ。それもひとり、ぶらりと出かける旅が好き。そう、一人旅ってやつ。
何も、スイーツバイキングでケーキをたらふく食べたり、某有名チェーン店のカレー1.3kgの早食いに挑むことだけが私の趣味ではなかったりする。
高校入学前に関門海峡を渡って本州へ上陸、という人生初の一人旅を決行し、今年の春休みには地元・大分~東京間を青春18切符で途中下車を繰り返しつつまったり縦断。他にも、上京してからだと甲府や宇都宮、三浦半島などに日帰りで出かけたりしている。
自分のカンと地図を頼りに、見知らぬ土地を歩く。これほどわくわくすることはそうそうない。

両親もまた、旅行好きであるため幼い頃から実にさまざまな地を訪れた。南米・チリに住んでいる間は特に頻繁にどこかしらへ出かけた。長期休暇に入ると、チリ国内の北から南を車で旅し、イースター島まで足を延ばしたこともあった。
当時の私はまだ小学校低学年。モアイ像はなぜここに建てられなぜどれも海のほうを向いているのかなど、建造物や遺跡の価値、それに歴史的背景などを真剣に考える年齢ではなかった。
しかし、毎日の生活から離れ、モアイのような未知のものに触れることそれ自体にこの上なく心が躍ったことは確かである。
思えば、私の旅好きはこの頃から始まっていたのかもしれない。

一人旅の話に戻るが、歴史的建築物や観光名所をじっくり気のすむまで見て歩いたり、郷土料理などのその土地での美味いものを堪能する。たしかにそれだけでも至福の時間である。しかし、私はその先にもまた旅の良さがあるように思う。
一人旅は自分の時間で流れる。そのせいか、あれこれ考えるゆとりが生まれる。日常の空間から解き放たれ、異なる環境に身をおくと今まで見えてなかったものが見えてくるものである。
これまで気がつかなかった自分の気持ちに気がついたり、考えが一転したり。気分転換にとどまらず、自分と正面から向き合う機会を与えてくれる。
各駅停車に揺られて変わりゆく景色を眺めながら、旅先の温泉につかりながら、私は私と対話する。これこそが一人旅の醍醐味ではないだろうか。
などと格好をつけたことを書いてしまったが、なんだかんだ言って一人旅はなかなか良いもんである。
時間とお金に余裕があれば、今度は東北あたりにでも出かけたいと思う。

49期 佐藤

『東京』


私はいわゆる地方出身者です。東京に来て一年と三ヶ月、暮らし初めて二ヶ月になります(※注)。中学生の頃より、大学に進学するなら東京の大学に行こうと考えていました。
率直に言ってしまえば、東京にあこがれていたからです。東京には、新宿、渋谷、池袋などの大都会もあるし、浅草のような下町、上野の美術館や博物館、臨海の近代的な港湾、日本の中枢永田町や霞ヶ関、皇居、そして九段の某神社なども・・・。
私にとって魅力あふれる所ばかりです。いろいろな町がそれぞれ独自の色(カラー)を出し、それを織り成すことで出現した空前の大都会。
しかし東京に対するある種の反発もありました。東京がなんやデカい面してから!(注2)のような感情を持ち続けていました。
でも最近ではそんな感情も薄れました。東京のような大都会だって、広がる日常も、人と人との交流も同じではないかと。
東京に来て地元を離れることで、地元(福岡)のことをあまり理解していなかったなと思うようになりました。あまり明太子も食べなかったし、博多どんたくのような有名な祭りもみたことさえなかったなと。
もっと地元のことを知りたいと感じるようになれたのは東京に来たことの副産物かもしれません。夏には帰ろうかな。
海外旅行をして、まったく違う異文化に触れることも、もちろん有意義でしょう。私も行きたいです。しかしせっかく東京に住んでいるなら、東京のなかを旅することもいいんじゃないかと思います。
たった10分歩くだけで、たった160円支払うだけで、また違う人々の営みが垣間見られるのですから。暇があれば東京のいろんなところに行きます。東京人より東京に詳しくなります。

  (注) 一年一ヶ月、なぜか横浜に住んだ。あれは何だったのか。人生の疑問だ。
(注2)デカい面するのは埼玉、千葉、神奈川の人が多い気がする。虎の威を藉る狐。

49期 光浦

『変わっていくもの、変わらないもの』


先日、私が小学生の頃住んでいた、横浜へ行く機会を得た。
主目的が横浜スタジアムだったのは言うまでもないが、ついでに懐かしい街に足を伸ばしてみたのだ。
引っ越してから10年ほどが経っていた。街の変わり様は凄まじく、見たことない建物ばっかだわ、家があったところは公園の一部になってるわ、親父の元職場は移転してるわ、そりゃもうえらいことに。
形があるものでさえ、そうである。まして、目に見えないものならば。

何もかも、変わらずにはいられない。
最近、そう実感することが多い気がする。歳かしら。
いつまでも無邪気なままだと思っていた中学の同級生連中も、いつの間にやらみんな大人になってしまった。
あの頃はドラマでしか見なかった様な、ドロドロした“オトナの複雑な関係”を耳にすることもたまにある。
選挙が近付けば、何故か投票のお願いをされたりもする。不在者投票を考慮してなかった辺りあいつらしくはあるが。

何もかも、変わらずにはいられないのかもしれない。
喜ばしいこともたくさんあるが、時に少し寂しくもある。

んで、話はまた横浜に戻る。
記憶の像から、すっかり遠くなってしまった街。
うひょーと思いながら帰途に就こうとすると、交差点に建つ小さな店が健在なことに気付いた。
個人経営の小さな店で、よく駄菓子なんかを買ったものだが、当時からいつ潰れてもいいようなボロさだった。
よく見れば、日が暮れるまで遊んだ隣の公園も、ボールを放り込んでは怒られた民家も残っている。

何のことはない。

いくらシャイだったあいつが女の子をデートに誘ってたって、真夜中に突然「チャリで東京タワー行こう」とか誘ってくるようなバカであることは変わっていない。
乗る私も同程度にバカなのだが、それはともかく、そもそも何年も経ったが未だに変わらず友達なのだ。多分これからも。
一緒に山に登る機会はめっきり減ったが、代わりに空いた酒の山を築くようになっただけ。よく考えりゃ、似たようなものだ。

変わらないものだって、ちゃんとある。
そしてそれは、少なからず大切なものだったり。

激流に流されるが如く変わっていく周囲に遅れまいと、必死に前ばかり見て走っていると、何かを見逃してしまうこともあるのかもしれない。
前を見据えること、変わっていくことは、とても重要なことだと思う。特に、私みたいなちょっと残念な奴には。
でも、時々はちょっと一息ついて、周りを見て、後ろを振り返って。そんな余裕を持っていられたら素敵だな、と思う。
そんなに器用にできれば、無駄に苦労したりしないのだけど。まあ、それはそれで。


どうでもいいが、今住んでいる街も着々と公園に飲み込まれつつある。俺が住むとそういう運命を辿るのだろうか。
何か宇宙的な陰謀を感じずにはいられない。散歩が楽しくていいのだけど。

49期 小田

『靴』


小さいころからモノに愛着がわく方です。生来の不精さも手伝って、なかなか新しいものを買おうとしないので、今僕の使っているものはいわゆる愛用品ばかりです。
今の筆箱は小学生のころから使っているものだし、昔はあかすり(クレヨンしんちゃんのやつ)をボロボロになるまで使い続けていて、「買い換えろ」という親の命令に逆らったのが彼らの逆鱗に触れたのでしょう、その件が親子間の抗争の火種になったことすらあります。
今使っている毛布にいたっては、物心ついたときからずっと同じものです。気に入ってる鞄を壊そうとするやつはマジ勘弁です。てか私物を破壊しようとするのはやめてください。誰とは言いませんが。

※※※

そんなわけで山道具にも一通りでない愛着がわいています。ザックやシュラフといった主だったものから、ヘッデンやコッヘルみたいな小物まで含めて、連中とはファミリー的な、又は戦友的な結びつきさえ感じます。
今はオスプレイ専用の外付けアタックザック?の「セロ」というのを、仲間に加えてやろうと画策しています。ファミリーや戦友は多いほうが心強いです。
僕のとある同期クンのように、決して僕も友達の多い方ではなかったのが影響しているのでしょうか?誰とは言いませんが。

※※※

そんな山道具たちの中でも、ひときわ強い愛着を持っているのが山靴です。僕は靴の手入れをするのが結構好きで、その間はほとんど何も考えずただひたすら靴をゴシゴシしてるのですが、急にいろいろ考え出しちゃったりするときが偶にあります。
手入れは大抵山行前や山行後の夜、寝る前にヘッデンつけてベランダでやります。自分の将来のことや今までのこと、大学生活やサークルのこととか、一旦、深く深~く考え込み始めたら、思考は螺旋のようになって下へ下へと向かいます。
なにやらセンチメンタルな気持ちになって、ふと、上を見上げるとビルやマンションの隙間に広がる夜空。月。暗い雲。都会なので星は見えません。うーんセンチメンタル!結構好きな時間ですね。
…ちょっとカッコつけた感じになってしまいました。いやいや決してギャップやらモテやらに走ったわけではなくてですね、こっちこそまさに誰とは言いませんが。

※※※

大幅に話が逸れてしまった気がしてなりません。不思議ですねえ。
結局何が言いたかったかというと、誰にとっても山道具は4年間、ひょっとしたらそれ以上の年月を共に過ごす仲間なわけで、物理的にも、精神的にも大切に扱いましょうってコトです。
特に一年生のみんな!夏合宿終わった後とかで山道具見てると、思い出がこみ上げてくるよ!結構ガチ感動だよ!
そんなわけで乱文散文ここらで失礼!くちびるでした!

49期 古田

『サ○ゼリヤ、ガクブンとボクと、時々アライ…』


思わせぶりなタイトルですが、案の定、新井は全くでてきません。中西史からも新井は黒歴史として葬り去りました、さよなら新井、南無阿弥陀仏(…ウソです)。悪しからず。

知っての通り僕は某高級(?)イタリアンカフェレストラン『サ○ゼリヤ西早稲田店』でバイトをしております。そうです、岳文会御用達、サ○ゼリ「ア」と何度も言い間違えられ、魔愚南無(紅、白)という忌まわしきお酒を主兵器として我々を時に惑わせ時に苦しめ続けた、かの有名な(悪名高き?)巨大店舗です。まずい、まずいとおっしゃる方もおられますが、あの値段であのクオリティ、あのサービスはサ○ゼリヤ以外は到底不可能だと思います。以下参考までに…ミ○ノ風ドリア、ぺ○ロンチーノ、じゃがいもときのこのオ○レツ\299!!ハン○ーグステーキ\399、フォッカ○オ\109、ワインマ○ナム1.5ℓで\1000!!
そう、まさにファミレス界の革命!!ファミレス・ボンバー!!!!!!!
そんなに素晴らしいファミレスなのですが御多聞に洩れず、突っ込みどころ満載です。
とあるTV番組でイタリア人にサ○ゼの料理を食わせてどれほどイタリア的かを調べるという馬鹿極まりない企画があったらしいのですが、見事ミ○ノ風ドリアは「こんなのはミラノにはないけどとりあえずうまい」と言わせるエピソードがあるほどの逸品でした。また、サ○ゼの料理は無駄になんちゃら風とかついていますが、全くもって適当だと思われます。タ○コソースシシリー風(たらこ…あるの?)、ハヤシ&ターメリックライス(あれ…日本じゃね?)とかはその一例に過ぎません(まぁ僕はその適当さ加減は好きですが)。たまに『サ○ゼのメニュー全制覇』や『人間vsドリンクバー』なるこれまた馬鹿極まりない企画をやりにくる団体もいます。メニュー全制覇は人数が多ければ可能ですがドリンクバーは一瞬倒してもすぐに復活するので「ゾンビ…ゾンビ…無理」と恐れられるほどであり、ぶっちゃけ不可能です。あとキッズメニューの裏側にある間違い探しも鬼畜極まりないもので、短時間で10個探すことはほぼ不可能ですし(文字の大きさが違うとか)、店の壁にこれでもかってばかりにイタリアっぽさを演出しようと飾ってある『最後の晩餐』とかの仰々しい絵画はもちろんぜんぶレプリカです。このまえは休憩室にルンペンが侵入してきました。ルンペンだけじゃなくてたまに有名人(三宅健、伊集院光、遊園地くじら、女性誌のモデル)も来店されます。んもう…数えあげれば本当にきりがないくらい突っ込めます。
ちなみに岳文御用達の西早稲田店はおそらくファミレス界でも随一の収容力があり(ドリンクバー2倍!ジェットオーブン1.5倍!洗い場2倍!奥の団体用スペース!…etc) 、売り上げも全国トップ5以内(4月は首位)らしいです。
つまり、非常に忙しいわけでして、数ある定期バイトの中でも非常にキツい部類の一つでしょう(たぶん時給\1000は割りに合わない)。最初、僕はここのバイトがしんど過ぎて憂鬱で嫌々たらたら働いていました。バイトなんだから「お金さえ貰えりゃいい」的な自己中な考えを抱き、投げやりで適当な態度で働いていました。しかし、幾多のクビの危機を乗り越え、寝る間も惜しんで働く社員の姿、勤務時間外なのに店が忙しくてやられているからボランティアで手伝う先輩クルー、店長の誕生日を祝いにきただけなのに店が混んでいたから私服で手伝う他店舗のクルーなどを見て、「やべえ!こいつらドMかよ!なんでここまで出来んねん!自分のためじゃないのに犠牲になれんねん!あああああ~あっふ~ん♪でも何か熱っついな!よっしゃあ、おれも本気で働いてみっか!」と一念発起しました。まだまだ駄目な点は多々ありますが今は西早稲田の王子兼ゲロ隊長(不名誉なあだ名…笑)として意外と真面目に働いています。
最初は嫌に見えるかもしれないことも、長く続ければよい面も多く見えてきますし愛着も湧いてきます。愚直に何かを「続ける」ことって効率が悪いし目に見える利益にならないことも多いかもしれないですが、きっと目には見えないところで血となり肉となって活かされているはずですし、僕は大事なことだと思っています。なんつーか、そんな人間ははっきし言ってバカですけど、信用に足る人間ではないでしょうか。世間には何か少しかじって文句ぶーって人もたまにいますけど僕はあんまし好きじゃないです。僕自身が「かじってしかおらんかったら文句は言えんし、まずは黙ってどっぷりつかってみよう」的なスタンスなんで。まぁ「どっぷりつかる」ってことは、同時に「つかるものの色に染められる」可能性も大いにはらんでいますけど、染められるかどうかは自分自身で判断すればよいことだから問題ではないでしょう。目の前に川があったら、とりあえず足だけちょろっとつけて出るんやなくて、ドッボーンって全身どっぷりつかってズブ濡れになるんも、寒いし汚れるし携帯つぶれるかもしれんけど…僕は好きです!!
え~っとまぁ、ご託を長々と述べたわけですが、最後にサ○ゼの先輩クルーが言われていたこと↓を引用します。
「(前略)確かに皆テスト等で忙しいと思います。でも忙しいのは皆同じです。この店はバイトの数も多いし自分一人休んでも…と思うかもしれません。でも、どこかでその分を必ず誰かがカバーして頑張っている事を忘れないで下さい。小さいようで一人の力って意外と大きいです。たかがバイトされどバイト。きちんと雇用契約を結んで雇ってもらっている以上、責任とプライドを持って働こう!(後略)」
…いやはやごもっともでやんす!てか、これって岳文にも言えることなのではないでしょうか。おれたちも岳文会っていう組織に入っている以上、やっぱり守らねばならんこと・果たさねばならんことってあるだろうし、その責任を果たしてる人間にはおのずとプライドも生まれてきて、はたまた【MOTE】につながるのではないだろうか、と思います(※MOTE論は僕の守備範囲外でダンカンさんの得意分野なのでぜひダンカンさんに聞いてみてください)。それは別に難しいこととかじゃなくて、例えばなんだろ、みんなでやってくサークルなんだから仲のよい少人数で固まらない、とか締めるとこは締める、みたいな小さな心がけからでも可能なのではないでしょうか。

うーん、なんか鬱陶しい文章でごめんなちゃい!おれもまだまだ色んなことが出来てない半端もんやし、ほんまただの酒乱のピー野郎に映っているんやろうけど、おれ個人としては岳文とサ○ゼやっててこう思ったよってなわけで、おれ目線&おれニュアンスでコラムを書いてみたんで、まぁ酒乱の戯言として脳内にとどめてくれればそれ幸いと思いました。ほんと酔っ払いで申し訳ございません。…う~ん、見事なまでに新井の出番なし!やったね~☆
あっ、あと昼って混んでても意外と入れるんでサ○ゼにもっと来てくださいね♪(※新井、ごめんよ!)

48期 中西

『私の好きなこと』


僕の地元はみなさんも人生に一度は名前だけは聞いたことがある(はず!)の四国の香川県です。(場所がわかる人が多いことを祈ります)そんな地元の紹介と身にしみると都会との違いを語りたいと思います。

香川と言えば讃岐うどん!!!安い・うまい・はやい こんなすばらしい料理は他にはありえません。どこのお店がおいしい?とよくきかれますが個人経営のお店が圧倒的に

うまい!!!というのが答えです。個人的には「うどん市場」や「麺食い」という店によく行っていました。
小さな店ならではのいいところは店の人とも仲良くなれるし頻繁にいっているとその人特有のメニューを作ってくれるところです。また店長がこだわりの味を独自に考えてつくっているのでうまいことです。
全国チェーンの店は味が平均値をとったような感じで讃岐うどんという感じはしません。みなさん本当の讃岐うどんを食べたいならぜひ香川へ(四国の右上の県に存在)

あと僕が東京に来て思うことはとにかく交通機関が便利すぎるということです。
地元では電車が多いときでも一時間でも三本程度ですよ。昼間なんて一本なんてことも…しかも一両…(ちなみにMAXは四両)そんなこともあり学校から家までは最短25分なのに高校時代は平日1時間かけて帰宅していました。時間のロスが多い。
いまでは渋谷から学校まで45分(うち15分は渋谷歩き)時間のロスなし!半年前とは天と地の差です。これぞ地方との格差!?と思わせる事実じゃないですか?そして身にしみる人の多さ!!!正直東京の人の多さには驚きます。
渋谷の人の多さなんて一番人が集まる夏の祭典高松祭りよりも多いのですから毎日が祭りのようなものです。そして多種多様な人々が存在。正直東京も渋谷も楽しくてたまりません(笑)ホントに早稲田受かってよかったぁー

まだ始まったばかりの東京生活!!!もっともっと楽しい大学生活をおくりたい!そして岳文会の一員としてエンジョイしたいとおもいます。
後期中には個人企画「渋谷ツアー」(仮称)を計画する予定なので時間がある方は参加してみてください!

50期 松原

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『岳文会に入った理由』


私が岳文会に入って早いもので4ヵ月が経ちました。山行の企画や飲み会の場で楽しく活動させてもらっています。今回このコラムを書くのを任されましたので、この機に私が岳文会に入った理由について述べたいと思います。
私が岳文会に入った理由は主に二つあります。一つ目はきつい山を登ることを通して、精神力を鍛えるためです。
若いうちに辛い経験を何度もして、精神的に自分を大きくしたいという思いがあります。その点、岳文会では初心者から経験者にいたる人まで幅広くおり、自分にとって最適なコースを選ぶのも容易でした。
二番目の理由は、岳文会は人数が多く様々な人と会話できる、ということです。
様々な会話を通じて、刺激を受けさらに人間的に成長したいです。これらが岳文会に入った理由ですが、これらの理由は私の人生の目標と関係があります。
私の人生の目標は学問的にも人間的にも親父を越える、ことです。この目標のために私は会話を重視してます。様々な会話を通じて、自分の欠けてるものが見えてきて感化されます。
岳文会はとても人数が多いので、できるだけ多くの人と多くのことについて話したいです。ですので、岳文のみなさん、何卒これからもよろしくお願いします。

ちなみに他人に迷惑かけるほど飲む時もありますが、そちらの方もよろしくお願いします。

50期 赤塚

『新幹線のひととき』


初めてコラムを書くということで何を書こうかと思ったのですが、迷った末に私が新幹線に乗るときのことを書くことにしました。
私は実家へいつも新幹線で帰っています。時間にして3時間ほど。私は毎回この時間を有意義に使おうと思うのですが、これがなかなかできません。
それはなぜか、と考えたときに、原因はいろいろあるかもしれませんが、その中の一つに゛つい景色を見てしまう”というのがあります。
この本を読もうとかちょっと勉強しようとかいろいろ考えていても、ついつい私は窓からの景色を見てしまうのです。びゅんびゅん通り過ぎる東京から新大阪までの景色。今まで幾度となく東京と地元を往復してきましたが、いまだに飽きることはありません。
新幹線の窓から見える景色、それは山だったり町だったりいろいろですが、なんとなく窓の外に目を向けないことをもったいないと感じてしまうのです。
と言いつつ、マンガを読んだりすることもあるのですが、私がこの3時間ほどの間にしていることと言えば、寝ている時間と駅弁を食べている時間を除くと、大体゛窓から景色を眺めている”だと思います。。
とは言っても、疲れているときなどはほとんど寝ていたりするのですが。この前など、京都の辺りでふと眠気に襲われ、目を閉じたと思ったら、次の瞬間、新幹線の中には誰もいなくなっていて驚きました。
慌てて車外へ飛び出し、振り返るとそこには‘回送’の二文字。終点が新大阪だったのが不幸中の幸い。点検の前に気付けて本当によかった。。
話が逸れましたが、みなさんも一度窓からの景色をじっくりでもボンヤリでも眺めてみてはいかがでしょうか。その都度違ったものが見えてくるかもしれません。いつも登っている山を遠くから眺めるのもなかなかいいものです。

あと、新幹線ではなく青春18切符などで実家に帰るのもおもしろいかもしれませんね。また違った景色が見えてくるかもしれません。

50期 桐村

『夏の選択』


大学一年生の夏をいかに過ごすか?……受験生活での唯一無二の楽しみは、この事を考えることだった。
「そうだ、留学をしよう!」
前々からの夢を叶えるには絶好のチャンス!私はそう信じて疑わなかった……大学に入り、サークルに入る段になるまでは。
そう、どのサークルにも「夏合宿」という大イベントがあることを、すっかり忘れていたのである。
夏合宿か、留学か…?何度も天秤にかけたが、ゆらゆら揺れるばかり。先輩方に相談したり、友人に愚痴ったり…。さんざん悩んで、留学の申込期限が来る頃、ようやく天秤は留学に傾いた。
合宿に行かないのだから留学先ではたくさんの発見をして、成長して帰国しよう!と誓った私。様々な人と話し、いろいろなものを見た3週間は、驚きの連続だった。
例えば……イギリスの学生は誰もが博識で、化学専攻の学生であっても法律や政治について詳しく語れること。電線が無いこと。
地下鉄でザックを担いでいる集団を何度も目撃したこと。イギリスでは少々の雨が降っても傘を差さないという話は本当だったこと。イギリスの食事は実は美味しいということ。etc.etc....
こうして一年の夏休みの3週間はあっという間に過ぎた。留学先で経験したことが私に教えてくれたことは多い。後期以降はもっとマジメに生きる!という目標もできた。一方で、今でも夏合宿に行けなかったことが残念でならないのもまた、事実だ。
結局この夏の私の選択は正しかったのだろうか?これからの大学生活にこの夏の選択はどう影響するのだろうか?楽しみなような、不安なような気持ちで、今は夏休みの課題をこなす毎日だったりする。

50期 田部

『実はちゃんとわかってない』


最近読んだ本の話をしたいと思います。

機本伸司著「神様のパズル」。落ちこぼれ学生と天才女子学生が、「宇宙は作ることができるのか?」という難問に挑戦する物語です。
この主役二人の奮闘ぶりが面白く、映画化も決定している話題作。ただ、物理学の専門用語や理論が多くて、文系の僕にはかなり難しい話でした。

この作品では「宇宙の作り方」が大きなテーマとなっていますが、作中で幾度となく繰り返し言及されているあることについて僕は注目しました。

それは、『実はちゃんと分かっていない』ということ。

例えば、地球が太陽の周りを回っているのは、誰もが知る常識です。
けれど、なぜ地球は太陽の周りを回っているのか?と聞かれて、正しく答えられる人はどれほどいるでしょうか。
誰もが知っている当たり前の知識ではあるけれど、実はその仕組みをちゃんと理解していないということは、考えてみると身の回りでけっこうあります。

同じようなことは身の回りのものでも言えます。例えば、携帯電話。便利で現代の生活に欠かせないもの・・・だけどこの仕組みも完全に理解している人もほとんどいません。

仕組みなんかわからなくても、使えればいいじゃないか!・・・と、大体の人はそう思うでしょう。
確かに携帯の仕組みなんてわからなくても、使えさえすれば問題はないし、仕組みを知っていても、どうということはありません。地球が太陽の周りを回っている理由についても、知っていたとして僕らの日常生活に対して変化は与えないでしょう。

けれど、これらのことに限らず、物事の仕組みや本質を理解しようとしないのは、「考える」という行為への怠慢なのだとこの本では繰り返し強く言及されています。

・・・長々と本の受け売りを書いてきましたが、結局のところ、この本を読んで僕自身が思ったこと。それは、自分が知ったつもりになっているだけで、実はちゃんと物事を根本から理解していない。
そして、知識はそこそこあっても、自分で考え、ちゃんと本質を理解していることが思っている以上に少ないということです。基本的なことですが、少しでも疑問を持ったら、それを放置せず、自分で考え、答えを見つけるのが大切なわけです。

大学に入って早数か月。

長い夏休みも終わりに近づいた今日この頃、遊んでばかりいないで勉強もせねば・・・と、今更ながら改めて思いました。

50期 永春

『大学1年生の半年』


早いもので大学生になってはや半年がたちました。入学してからいろいろなことがありましたが、まぁそれなりに楽しい日々を送っています。
特に面白い話も思い浮かばなかったので、今日は僕の好きなアーティストの話をしたいと思います。
僕はB'zが大好きです。どのくらい好きかというと、ファンクラブに入ってみたり、授業中に歌詞を思い出して書いたり、カップリング曲を発売順に覚えてみたり、同じCDを4枚持ってたり・・というくらい好きです。ひかないでください。
最近、そのB'zが結成20周年を迎えました。そして、最新シングルの発売によってオリコンシングル部門10冠を達成したそうです。ファンとしては飛び上がるくらいにうれしい出来事です。
20年という長い歳月の間には多くの挫折や苦しいこともあったと思います。しかし、それを乗り越えてコツコツと努力した結果が今回の結果につながったんだと思います。
僕はまだ18歳で、一つのことを20年間やり続ける苦労なんて想像もつきません。でも、これからのためにも、B'zを見習って継続する力を身につけたいです。
僕が好きな言葉です「人の一生は重き荷を負うて遠き道を行く如し、急ぐべからず」。あせらずに、途中で諦めないようやっていきたいです。

50期 桐野

『思い込み』


岳文会に入って半年が経ちました。一番苦労したのが名前と顔と学年を一致させることです。
もうサークルのメンバーのことは把握した!、なんて思っていたのですがつい最近、4年生だと思っていた方が3年生だと知りました。
そもそもなにを根拠にそんな勘違いをしていたのかは今となっては知るべくもないのですが、半年間も単純な思い込みをしていたことは反省しないとなぁ、と思う今日この頃です。

妙な思い込みのせいで損をしてしまうことは多々あるんじゃないかと思います。自分や相手のことをまったく疑わない行動や言動は取り返しのつかない事態をうむ可能性だってあります。
取るに足らぬと思っていることが実は重大事だったり。もしかしたら、アリやらクモやらはほんとに侵略者かもしれませんよ?いつだって緑のカエルたちみたいにわかりやすい侵略者が攻めてくるとは限らないんじゃないでしょうか。
人についての思い込みを防ぐ一番の方法は「対話」なんじゃないかと思います。先の先輩とも話す機会が少なかったせいで思い込みがうまれてしまったのかもしれません。学生生活がはじまり浮き足立っていた僕はそんな基本的なことも忘れてしまっていたんですね。

というわけで、せっかく同じ時期に同じサークルにいられるんですからみんなとたくさん話したいと思ってます。
言葉ですべてが伝わるわけではないし、時には誤解をうむってことぐらい僕だって知っています。でも話さないと始まりませんからね、人間の場合。「以心伝心」なんてのは会話を尽くした結果うまれる関係でしょう、たぶん。

最後に聞いておきたいんですが、いまだに僕にはウクライナ人の血が流れているだなんて思い込んでる方はいませんよね?

50期 白川

『一人で』


大学生になって、一人で歩くことが多くなりました。
今までは学校に行くのも、教室移動するのも、トイレ行くのも、クラブが終わって真っ暗な中電車乗って帰るのも友達と一緒でした。誰かと一緒に歩くことが当たり前になりすぎていて、大学に入ったばかりのころはあまりの孤独感に耐え切れるか不安でした。
馬場歩きも、教室移動も、買い物行くのも全部一人で、友達同士で楽しそうに歩いてる人たちや、一緒に買い物してる母娘を見ると羨ましくてたまりませんでした。

ずっとこんな大学生活なのかなぁ…と思ってましたが、だんだんと一人で歩くことを楽しめるようになってきた気がします。
どのパン屋さんに行くか考えてみたり、その日習ったフラ語の文章を暗誦してみたり、なにより自分のことをよく考えるようになりました。その日一日の反省とか明日の目標とか。そんな、自分と向き合える時間てほんとに大切だし必要だなと改めて思います。
そして一人で歩く時間が増えたからこそ、人と歩くことが以前より何倍も楽しく思えるようにもなりました。やっぱり人と歩くっていいですよね。他愛無い会話っていいですよね。

それにしても一人の馬場歩きが楽しいなんて私も随分成長したなー。

50期 川本

『真理』


世界は『ひも』でできている。
『ひも』とは様々な色をした人々の繋がり、すなわちぷよぷよである。同じ色のぷよぷよを4つ繋げることにより、ぷよぷよを消滅させることができる。このことは同じ人間ばかり集まっていてはたどる道は破滅であることを示唆している。
つまり、世界の発展、均衡は様々な色のぷよぷよによる『連鎖』『相殺』の二大事象によって保たれているのである。
いまや知らない人はいないだろう、日本の国技でもあり再来年からは義務教育にも加えられるパズルゲームである。
このゲームにハマったのは大学2年のときである。あるときyoutubeでゲーム動画をいそいそと見ていたとき、偶然ぷよぷよの動画を見てしまったのがきっかけである。
小学生のころにもぷよぷよをやったことがあったが、そのときはがんばっても5連鎖くらいしか出せなかったのに、ほんの2,30秒程で10連鎖以上の大連鎖を見たこともない形で軽々と作って攻撃しあうスピード感と迫力に見入ってしまった。
そのとき「この人たちはなぜこんなにも巧みに連鎖を組めるのだろう」という疑問が生じた。けれど人が何を考えてゲームをしているのかなんてわからない。なら自分がそのレベルに行って自分で確かめるしかないと思い、購入を決意した。
ネットでつみ方の勉強をし、そのつみ方をうまくできるまで繰り返し、うまい人の動画を見て戦法を学び、後はとにかくネット対戦を繰り返した。始めはぜんぜん上手くできず、「上手い人達はなんかの才能があるから上手いんじゃないか」とか思うこともあった。
しかし何百回も対戦しているうちに上記のようなプレイをできるようになってきた。そして上手くプレイできる秘訣は「多くの経験から来るただの慣れ」であることが分かった。
今画面にあるぷよの状況と降ってくるぷよの色、そして相手の状況を見て、今何をすれば最もいい結果を生み出せるかを過去のたくさんの成功例と失敗例を思い出して行動する。ただこれだけであった。
だから1,2週間やったくらいでは上手くいかないのは当然であった。上手くいかないからといってそこであきらめたら試合終了だ。
はじめは何事もうまくいかないのは当然で、ゲームにしろ何にしろ、上手い人を「この人は才能があるから上手いのであって、自分は上手くいかないのは仕方が無いことだ。」と思うのは良くないことである。
「継続は力なり」の真理、そして「世界」の真理をこのゲームを通じて学んだ。

47期 大川

『思い込み』


私の故郷(ふるさと)山梨県は東京から電車で一時間半、バスで二時間。実はみんなが思っているよりも遠くないのだ。東京と隣り合っている千葉、埼玉、神奈川とそんな変わりない。
しかし山梨はオシャレでもなんでもなく、パルコやなんちゃらタワーもない。ただそんな山梨にも東京にないものがある。それは夜空である。
今年の三月、人よりも先に進路の決まった私は地元の温泉めぐりをしていた。いくつかの温泉をめぐり歩いていたのだが、その中でもお気に入りの温泉があった。
そこの温泉は山の上にあり、景色はものすごく良い。私は温泉が大好きで特に露天風呂であれば一時間くらい余裕で浸かっていられる。
露天風呂の中ではぼけーっとした顔でいるので何を考えているのかとよく姉に聞かれたのだが、私は何も考えてないといつも答えていた。というのも何も考えさせない景色がそこには広がっているからだ。
山の上ということもあり、露天風呂からは甲府盆地の夜景が一望できる。下を見るとどんぶり底のような盆地に街の明かりが純粋に輝いていて、空を見上げればまた美しい星空が展開されている。
そんな景色を見て単純に綺麗だなと思うし、全てを無にしてくれる。その日起こった嫌なことも、なかったことにしてくれるのだ。きっとこの温泉のそんなところに惹かれているのだろう。
とにかく満点の星空は素晴らしいということを伝えたい。何かに疲れた時は空を眺めてみてください。それだけでほっとしますよ。
私のつたないコラムをここまで読んでくださりありがとうございました。
たそがれたい時、よかったら山梨まで足を運んでみませんか。とっておきの場所を案内します。
題名は単に私が坂本九のこの曲が好きだからしただけです。

50期 廣瀬

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